30歳になったけども

別に何かが変わるわけでもない、という話。

今日が30歳の誕生日でした。お祝いのお言葉くださった方々ありがとうございます。
私としては特にこれといって感慨はなくて、30代なったんか、ふーん、ぐらいの感覚ですね。20代のうちにこれをしたかったとか、そういうのは全然ない。

昨日と同じ今日があり、
今日と同じ明日がある。

29歳から30歳になろうが、それは同じです。今日で死ぬみたいな過激な運命が待っていなければね。

20代のハイライトって何があったかなと思ったら、宝塚にハマったのがちょうど20代入ってすぐのことだったのでした。今思い出した。
もう10年近くになるから、すっかり忘れていました。もっとも、宝塚を初めて観たのはさらに十数年前に遡るんですけどね。なかなかハマらなかっただけでずっと観てはいた。

10年間のファン歴の中で、贔屓が4人もいたってのはなかなか無いんじゃないかしら。しかもそのうち3人は普通にまだまだ現役。1人目だけは卒業まで見届けて、2人目と3人目は2番手になった時点で離れたんだったね。もう充分かなって感じで。
4人目の今の贔屓はどうなるかな。恐らく今度こそ長続きするでしょう。そういう要素がある。いつか訪れる卒業の時まで応援し続けたいと、今は心から思っています。まだまだ遠い先の話だけどね。

宝塚ファンはこれからも続けるでしょうね。というか生涯ファンでい続けるでしょう。それがこの一生を幸せに生きる鍵だと信じているから。
なんせ私の人生は宝塚に救われたようなものですからね。宝塚にハマっていなかったら、今頃どんな人生を送っていたか。考えたくもない。

あと20代のうちにあったことって何があったかな……ああ、恋愛の真似事的なものは何度かありましたっけね。どれもろくに発展せぬまま数カ月で終了したので、黒歴史でしかないですけども。

正直もういらないです。初めから要らなかったけどね。まあ、いい勉強させてもらったな、って感じですかね。そもそも恋愛の類には昔から嫌悪感しかないですし、それは今も変わりません。
生きる上でのパートナーはいてもいいだろうけど、恋愛は不要。同じ方向を向いて、やんわり背中預けられる人がいたらそれでいいのではないの。向き合う関係は御免蒙る。

まあなんにせよ、30代になっても私の性格や生き方は変わることはないでしょう。相変わらず根っこはニート根性だし。
ええ働きたくないです。働くのがつらいんじゃなくて、働くことに価値を見出せない。遊ぶ(=観劇する)金欲しさに働いているだけですから。だから働いていられるんだけども。

気が済むまで宝塚楽しんで、Twitterに好き勝手投下して、まったりと書き物して。今までもこれからも、余計な苦労はいらない。ただ平穏に楽しく幸せな人生を送れればよい。自由でありたい、いつまでも。
どうせ人生は短い。いつ死ぬにしても、最期の瞬間に「悔いのない人生だった」と思える生き方を常にしていたい。だから平穏を望むのだけれど。

そんなわけで、30歳になったので雑感を書いてみました。なんとなく「書いてみるか」ぐらいの気持ちで書き始めたので、ほとんど走り書きに近いけれど(だから別館投稿なんだが)。
30代に入っても相変わらず気ままな生き方をしていきますが、皆さん今後ともよろしくお願い申し上げます。

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