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【童話】クックル
クックル
ぼくのお家のバルコニーには、いつもハトたちがあそびにやって来ます。そして日当たりがいいバルコニーで「クックル、クックル」と気もちよさそうに鳴いています。だからぼくは、ハトたちをクックルとよんでいます。
クックルたちは、ちょこちょこと頭を前につきだしながら、手すりの上を歩いたり、すわってのんびりけしきをながめたり、バルコニーのはじっこにたまっている水をのんだりしています。ぼくは、そんなクックルたちのようすをながめているのが大すきです。
バルコニーのおそうじは、パパのおしごとです。お天気のよいしゅうまつの朝は、キッチンのじゃぐちに長いホースをとりつけ、とても楽しそうにおそうじをしています。
そんな冬のあるしゅうまつの朝、パパがいつものようにバルコニーのおそうじをしようとしていたら、ママがそれを止めていました。
「いくら晴れていたって、こんなに風が強いんですもの。さむいしあぶないから、今日はおそうじするのをやめておいたら?」
「だってバルコニーにこんなにたくさんハトのフンがあったらこまるじゃないか......」
「だいじょうぶよ。気になるようだったら私が後できれいにしておきますから」
パパはしぶしぶうなずいていました。でも、少しホッとしているようにも見えました。
ぼくはすごくショックでした。
つぎの日、ぼくはクックルたちの見はりをすることにしました。クックルたちに、バルコニーでフンをしないようなんとかつたえたかったのです。だから、その日ぼくはずっとまどのそばにいて、クックルたちのようすを見ていました。そしてフンをしそうなかんじがしたとき、まどをドン!ドン!と思いっ切りたたきました。すると、クックルたちはその音におどろいて、いっせいにどこかへとんで行ってしまいました。
ぼくはハッとしました。大すきなクックルたちが、みーんなぼくからにげて行ってしまったのです。すごくかなしくなりました。むねをギュッとつかまれたみたいにさびしくて、くるしくて、なきそうになってしまいました。
キッチンにいたママがびっくりして「どうしたの?」と言いながらぼくのところにやって来ました。ママがすごくやさしいので、ぼくはとうとうなき出してしまいました。そうしている間にも、またクックルが一羽バルコニーにもどって来ました。こんどもフンをしそうなかんじがしたので、ぼくはいそいでまどのそばまで行き、なきながら大きな声で「フンしちゃだめだよ!クックル、分かってよ!」と言い、またまどをドン!ドン!とたたきました。するとそのクックルもすぐにどこかへ行ってしまいました。
ママは「そんなことしなくていいのよ」とやさしくぼくをだきしめてくれました。
その夜パパはお家に帰って来ると、きがえもせずに「今夜はお星さまがとってもきれいだよ」と言いながら、ぼくをバルコニーへさそい出しました。パパは、ぼくをだっこしてコートの中にすっぽりつつむと、いっしょにバルコニーへ出ました。お外の空気は、ぼくの顔だけつめたくしました。
夜空を見上げると、すんだ空気の中にたくさんのお星さまがかがやいていました。
「ホントだあ。きれいだね、パパ」
パパはやさしく目を細めてぼくを見ると、
「パパはこのバルコニーが大すきなんだ。大すきなばしょだからきれいにおそうじするのも楽しいんだ」と言いました。
ぼくは、きのうのことが気になってへんじができませんでした。
「このバルコニーにクックルたちがやってくるのをみんなが楽しんでいるようすを見るのも、パパは大すきなんだ。もちろん、パパもママもクックルたちが大すきだよ」
「でもこの前、クックルたちのフンがいやだってママとお話していたでしょ?」
「あの日は風が強かったからおそうじをやめただけなんだよ。もしクックルたちがいやだったら『ハトよけ』をつけているよ」
「『ハトよけ』ってなに?」
「クックルたちが来なくなってしまうものさ」
ぼくは、そんなまほうのようなものがあることにびっくりしました。
「パパのことを思ってくれてありがとう。でもしんぱいしなくていいんだよ」
たくさんのきれいなお星さまたち。つめたくてすんだ空気。みんなが大すきなバルコニー。クックルたちのフン。あったかいパパのうでの中で聞くやさしいパパの声。
ぼくははながツンとしてなみだが出てきてしまいました。
「さあ、さむいからもう家の中に入ろうか......」
パパはそう言いながら「よいしょっ!」とぼくをいちどだきなおし、ママが夕ごはんのじゅんびをしている、あたたかいお家の中に入りました。
パパは、まどをしめながら「大きくなったなあ......」とつぶやいていました。