ジェジンという男の子
最近まで忘れていたこと。
(それは0・100思考のなせる罠…)
私はしゃべるように絵を描くところがあったな、と。
今日はたわいもないおしゃべり絵、愛しい落書き。
私は韓国ドラマが好きだ。
最初はオススメされて『ムーヴ・トゥ・ヘブン: 私は遺品整理士です」を観たのが、もう心を持っていかれて。ギュン!って。
それからコロナ禍のロックダウンで、たくさんの韓国ドラマと出会った。
愛の不時着は、上記のムーヴ・トゥ・ヘブンの主役をつとめた、タン・ジュンサンくんに会いたくて、観た。
韓国ドラマって、大好きだ。
とはいえ、私はなぜか『完走』までコツコツと観続けることはできなくて…今は最初の1、2話は通して観られるけど、あとは飛ばして飛ばして『点』で観る→おや何だこの展開は!があれば→前の話に戻って観る、という非常に回りくどいスタイルに落ち着いている。
そんなスタイルを続けた結果、私は主役のストーリーより、脇を固め、世界を創り出す助演俳優たちに惹かれていき、さらには俳優さんたちの素顔が観られるっていいね!とドラマ→バラエティ(U-NEXTはバラエティのラインナップが非常に豊富)の反復横跳びをしてるものだから、そう…細かくてニッチすぎて、同じ韓国ドラマ好きの人といっても分かち合えないところにたどり着いてしまった。
でも、しょうがない。
私は各ドラマに込められた、『よくここを掬ってくれました!』という細やかな眼差しに惹かれてしまったのだから。
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今日のおしゃべり絵は、『九尾の狐とキケンな同居(2021)』に登場する、ジェジンというキャラクター。
ヒロインと仲の良い、気のいい男の子。
走らないよ、といった直後に全力疾走をかますジェジン。
これだから酔っぱらいは。
ジェジンは純粋な性格。
元カノに、別れてからも振り回されることが続いていて。
見かねたヘソンから、こんなことを言われる。
ただ、好きだったんだ…!
私はこれ、ドラマ中での文脈は恋愛だけど『この気持ちすごく分かる』と思ってしまったのだ。
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東畑開人さんの『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』を読んだ。
この中に、「心に補助線を引く」というフレーズが出てくる。
心に補助線を引くのは、分けるため。
分けるのは、分かるため。
自分の中にどういう思いがあって、自分がどう葛藤しているのか、が見えてくる。
そこには苦しさがある。
見たくなかった部分に目を向け、触れたくなかった部分に触り、考えることになるから。
でもこの心と向き合う作業を通じて、心の可動域が広がる。
今まで感じることを拒否していた気持ちと、一緒にいられるようになる。
怖いと思っていた現実に、少しだけチャレンジできるようになる。
複雑な心のまま、生きていくということ。
(むずかしいよ。今まで何度も、失敗している)
私はジェジンの言葉のおかげで、『ただ好きだった』部分に補助線を引いて、その気持ちはその気持ちで大切、と分けて考えられるようになった。
私は父への複雑な思いも、補助線を引いて向き合っている。