先生、私を卒業させます(創作)5話
5話 先生、たまにはいいとこあるよね。
前話はこちら。
部活動対抗リレーの実施が決まり、1番に連絡したのは京子先輩だった。
京子先輩は、電話の向こうで弾んだ声を出して
陶子、えらい。よく頑張ったなあ。ありがとう。
もう!ほんとに!わしゃわしゃしたい!(私の頭を子犬のように撫で回す京子先輩の愛情表現)
あやめと観に行くね。あとさ、写真買った子と話ができたんだよ!陶子、驚くよ!その子はさ、
私の水着にウホウホして買ったんじゃなくて、
あやめの写真の構図とか光りとか、あと、私の表情にグッときて買ったんだって!!
被写体が売れたんじゃないよ。写真の魅力に値がついたんだよ。
私のセクシーが500円じゃなかったんだよ。無駄な敗北感を味わったぞ。
言葉の割に、京子先輩は愉快な声音を出した。
思い込みは怖いな。そう思った。
刷り込みに気をつけようぜ。世界はそうでもないが案外張り巡らされてるよ、陶子。
先輩は最後少し真面目な声でそう言った。
2番目に伝えたのは、一果(いちか)だった。
舞子も、早く一果に知らせてあげて!と言った。
一果は、しばらく学校を休んでいた。
藤代 一果 (ふじしろ いちか)はクラスメイトだ。
一果は、誰にでも優しい。誰にでも優しいを突き詰めたら、自分に優しくすることを疎かにして、
心がくったりしてしまった。私はそんな風に今の一果を解釈している。
今の私たちには、衝突や行き違いが沢山ある。
自分に向けられていない憎悪や嫌がらせさえも、一果は、自分ごとにしてしまうところがあった。
一果は、心のアンテナの感度を調整したほうがいいよ。
前にそう言ったことがある。
陶子は優しいなあ。ありがとう。
笑っていたが、一果は、そうだねとも、そうするとも言わなかった。
一果は、頑固だ。優しいことを諦めない。
人といると疲れちゃって。一果は、そう言って学校に来なくなった。
一果の選んだアンテナの調整はきっと間違えではない。
でも、私は。
一果と運動会をやりたかった。中学最後の運動会。ただ、一果と笑って楽しかったね!と言いあいたいな。ずっとそう思っていた。
あの日。泣き出した私に、何も言わずに隣で背中に手をのせていた一果。放課後の教室で、しゃくり上げた私に、一果はティッシュを机において、ただ背中に手をのせて、付き合ってくれた。
あの日の話は、また今度。
ピンポンを押したら、一果のママが出てきた。
陶子ちゃん、いつもありがとう。上がって!
一果のママは、私を見るといつも泣き出しそうな顔をぎゅっと引っ込めて笑う。元気を出して笑う。それを見ると、胸がキュッとなる。
だから、いつも絶対にあっけらかんを装う。
おばちゃん、一果にね、お願いごとにきたんだ。
明るい声が出ている自分に安堵する。
一果にできること? 一果のママはそう聞いた。
一果にしかできないこと。私はそう囁いた。
一果のママは、ハッとした後、まあ!と目を大きくして、
陶子ちゃんのお土産にいつもおばちゃんは、なんだかウキウキするんだ。と言った。
一瞬、おばちゃんも同級生に見えた。
一果の部屋で、部活動対抗リレーが実施されるまでの道のりや、京子先輩の話をした。一果は、にこにこと聴いていた。
じゃあ、陶子、水着で走るんだね。
一果は、嬉しそうだった。
うん。だからさ。あれ、お願いに来た。してくれる?
陶子、私ね、陶子や舞ちゃんに、ハムでしょ、望月君もいるし、絶対できると思ってたの、運動会で、部活動対抗リレー!
一果…。ありがとう!近田以外は完璧だった。
陶子、先生付け忘れてるよ。私的に、近田先生も
かなりスパイス効いてて、嫌いじゃないけどね。
一果は、やっぱり優しい。
だから、もうできてるよ。
一果は、そう言ってクローゼットからお菓子箱を出した。しっかりした作りのその箱の中身を見て、私は大笑いした。
さすが、一果。本当に器用でたまげるよ。
想像以上だよ。
いやいやいや。集中して作ることが好きだしさ。
楽しかった。
陶子、自分のためじゃない作品作りもいいもんだね。
誰かの喜ぶ顔が見たいって頑張ることは、なんていうか、いいもんだったよ。
そう?疲れなかった?
人に疲れて、人に元気をもらってるんだよ。わがままでしょう?私。
一果は、恥ずかしそうに言った。
一果、多分みんなそうだよ。少なくとも私はそうだよ。
そっか。私はいつも自分ばっかり特別な気になっちゃうね。
それも多分、みんなそうだよ。
陶子は、少し背伸びしてそこは言い切ってみようと思った。それでもいい気がしていた。
運動会、来れそう?
私の問いに、一果は頷いた。
もちろん。行くよ。陶子の走るところも、みんなの頑張りも。そして、私の作品を見たみんなの顔も、見たい景色が沢山あるよ。
だね。優勝しよう。
水泳部に混じって、アイス食べていい?
一果は当たり前のことを聞いた。
もちろん。余りが出たら、じゃんけんなしで一果にあげる。
やった!! 一果が笑った。
運動会当日。
部活動対抗リレーは盛り上がった。私達水泳部は、一果が作った覆面を被って戦隊ヒーローに
扮した。5色の覆面を被る私達は、一瞬でヒーローに変身した。
水着が煽情的だなんて言われて、不謹慎だなんて言われて、そんな目でみる大人を蹴散らすには、
ユーモアしかないと思い、一果を誘った。
手先が器用で、手芸の好きな一果は覆面作りを
面白がって引き受けてくれた。
ちなみに私は、真っ赤なヒーローだ。
目の周りの縁取りはキラキラスパンコールが煌めいて、覆面といえどもおしゃれ心が満載だった。
頭に小さな葉っぱがついていた。いちごに見立てられていた。
気づいた人がちょっと嬉しくなるような仕掛けをすることが、一果の得意技だった。
覆面を被ったら、水着より覆面がクローズアップされ、そのおかしな格好で爆走する私達は大いに観衆を沸かせた。
ちなみに近田は大きな段ボールを丸く切って、白く塗ったものの真ん中から顔を出し、白塗りで、
囲碁の石になりきり走っていた。ちなみに背中に台を背負っていた。
顧問が仮装バンバンで走るとか、トリッキーである。
優勝は、野球部と吹奏楽部のコラボチームだった。
野球部のユニフォームで応援歌を演奏する吹奏楽部。
吹奏楽部の子達の制服を借り、バットとボールをバトンに走る野球部。
アイデアとコラボの妙が評価されて、大きな拍手が送られた。
陸上部は、美術部が作った有名陸上選手の仮面を被っていたし、
バスケ部は、調理部が作ったボール型のクッキーを観客に配りながら、賄賂贈与中の襷をかけていた。
表彰が終わると、
突然巨大白碁石の近田は挙手をした。
私から、近田賞を授与したいと思いますが、よろしいでしょうか?
先生も観客もざわついたが、生徒は盛り上がった。
安月給のため、アイスのみですが。
近田の堂々としたカミングアウトに皆が笑った。
校長先生は、大きく手を挙げ丸を作った。
それでは、近田賞は…
水泳部と藤代一果さんに決定です!!
囲碁将棋部が盛大にコケていた。
私達はとりあえず、喜んだ。贔屓だなぁなんて呆れた声は聞き流し、めちゃくちゃ喜んだ。
そのうちには拍手しか聞こえなくなり、会場は温かい空気に包まれた。
一果は笑いながら泣いていた。笑いながら泣くなんて、手先以外も器用だな。とからかうと、
陶子は不器用すぎるからねと、お返しされた。
夏休みのとある日。
私達、水泳部の練習の後、アイスはきちんと振る舞われた。
なんと、パルムだった。
高級アイスじゃないか…とざわついた。
一果は、余ったらもう一本食べていいんだよね?
と囁いた。
アイスは、一本残る計算だった。
もちろん。部員みんながニコニコと頷いた。
そこへ近田が走ってやってきた。
近田賞はうまいか?みんな?校長先生より高いアイスにしたぞ。みんな、そんな恐縮して、俺を好きにならなくてもいいんだぞ。
みんな、そんな簡単に好きにならないから、安心してください。
部長が、冷静にコメントしていた。
ちぇっ。近田は残っていたパルムをごく当然に食べ出した。
えっ、先生も食べるの…囲碁将棋部なのに…。
私がそう言うと、近田は心底驚いた顔をして
俺の金で買ったパルムだよ、青柳。一緒に食べる以外の選択肢ないだろう?と説明した。
プレゼントしたものの所有権は自分にあると信じている人の学歴などに、コンプレックスを抱く必要はさらさらないね。と私は小声で話した。
一果は、ゲラゲラ笑い出した。
藤代、お前の覆面最高だったな。一瞬で誰かをヒーローに変身させるなんてさ、お前、魔法使いだな。
青柳、お前たちが、みんなを楽しませたい、笑わせたい、ばかやりたいってパワーがさ、炸裂したな。
運動会は、速い遅いでも、勝ち負けでもなくて、
エネルギーを炸裂させることに意義があるんだよ。
お前ら、大人が用意した枠からはみ出て最高だったよ。
近田賞はそれを讃えてるんだぞ。
そんな、すごい賞ならあれだね、多分冬はサプライズでコロッケだね。
一果がつぶやくと、みんなが同調した。
ふーじーしーろー。近田が悶えている。
先生、たまにはいいとこあるよね。
多分、ちゃんと見ていてくれてるってことかもね。
見出し:くまさん作
挿絵:微熱さん作
イラスト:着ぐるみさん
お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。