PNMJ のみほせ
じいちゃんの店には、張り紙がある。
お客様へ
スマホやカメラは飲み終わるまで収納下さい。
という達筆な墨字の後に、
ものすごい太字で
つぶやくな。飲み干せ。
撮るな。摂り込め。 と書いてある。
汁(じる)の店は
tubuyakoや、mottomogramなどの数多の
SNSで取り上げることを全面的に禁止している。
ユニークな面構えのこの店は、
面白いことや人の知らないことに飢えた人には
恰好の掘り出し物だが、
じいちゃんは、自分の作るものを
勘違いさせるような拡散やシェアをとことん嫌悪していた。
大抵の人が礼儀正しかった。
人と人は引き合うもので、じいちゃんの磁場に
惹きつけられる人はそれなりの胆力を備えていた。
店主と客という関係性でありながら、
どこまでも対等な人が多かった。
SNSが禁止なことに、どうして?なんで?甚ちゃんの汁、みんなに教えたいよ〜おと、猫撫で声を出していた女子高生に、じいちゃんは言った。
俺はな、お前のために汁(じる)作ってんだよ。
お前の虚栄心を満たすためじゃなくて、
お前の健康のために作ってんだ。飲み干せ。
目を真っ直ぐに見て、そう言いきられて以降、
女子高生は二度とじいちゃんに甘えた声は出さなかった。
なんなら、「甚さん…」とぽっとしていた。
どんなからくりだ。姿勢も良くなり、言葉も丁寧になっていた。
じいちゃんは、イケおじらしい。
じいちゃんは、何より女性が好きだ。
じいちゃんの座右の銘は
全ての女性をリスペクトである。
国民的アイドル以外にそんなことを堂々と
口にする人を、俺はじいちゃんしか知らない。
昨日、久しぶりに世間を甘く見ている人達が
やってきた。
まず、張り紙を写真に撮った。
世間を甘く見ている人は、大抵複数だ。
自分1人では心もとないのだろう。
心の元がない者が何人も集まったところで、
拠り所にも安定にもならない。
わいわいと賑やかなそのグループに
じいちゃんは、腹の底から低い声を出した。
「俺の店だ。俺の言葉が届かない奴は客じゃないんだよ。お前が今、勝手にスマホに取り込んだものはな、窃盗なんだよ。忘れんなよ。俺の気概を侵害した。俺はお前ら許さねえぞ。」
へらへらと、罪の意識もなくにやけるその場凌ぎの人達は、じいちゃんの言葉の圧に顔色も表情も変わっていった。
目の前で、写真のデータを消去して頭を下げて帰って行った。
じいちゃんさ、なんでそんなに嫌なの?
俺は、背中に声をかけた。
一回間違えたから。とじいちゃんは言った。
一回な、大事なものを見誤ったんだ。
りょうた、間違えるのは全然いいんだよ。
でも、そこからどうするかは、どうしたいかは、
自分自身だろ。
俺は二度と自分の大切なものは見誤らない。
俺は俺の店を、SNSの世界に勝手に放り出されるのは、我慢ならねえ。
SNSで話題になること、盛り上がること、
店が繁盛すること、売上があがること。
それが目標の人はそれでいいんだよ。
でも、それがみんなが望んでいることだと思うのは乱暴なんだよ。
価値観はそれぞれだ。
自分が大切にしたいものが、世間の主流とずれていて、それを嘲笑うような人がいたらな、
俺は俺だと主張し闘うべきだ。
飲み込まれるわけにはいかねえだろ。
俺は、目の前の人に一心不乱に飲み干されるような、ただただ美味い汁を作りてえだけだからよ。
最後は息を吐き出して軽く笑った。
そうか。俺は短くそう答えた。
おいおいおい、りょうた、そりゃねえよ、俺、
今かっこいいこと言っただろうよ。
目頭熱くしろよー。とおどけた。
じいちゃんは、本当に抜けてんだよ。
俺は胸を熱くしてるっつーの。
と心の中でつぶやいた。
やべ、つぶやかないでこの気持ち飲みほそっと。