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みにくいちくびのこ

「あのさ、乳首がブスなんだよね」

監督は私にそう言った。脱いで裸になれるかな?なんて遠慮がちに言った人とは思えない。

「はあ。すみません。」

全く謝意のない謝罪をした。乳首ごめんよ。


その映画のオーディションは、別の子が決まるだろう。

乳首をCGで修正してもらって、映画に出るほどの価値は私にない。


私如き、現役アイドルの芝居上手など山ほどいるのだ。心配ご無用である。


テレビのオーディション番組から選抜されてアイドルグループの一員になった。


大所帯のグループはオリジナルと呼ばれる選抜メンバーと、アナザーと呼ばれる平たく言えば補欠メンバーにわけられた。

私はアナザーであることが多く、劇場で歌ったり踊ったり、握手したりしていることが仕事だった。


お芝居が上手いね。と言われることが増えた頃、
マネージャーから、脱ぐシーンのある映画のオファーがきたけど、どうだろう?と言われた。


現役アイドルグループに属しながら、裸になる人は未だおらず、好奇心をくすぐり必ず話題になると踏んだのだろう。


芸術系の作品だから。品位が保たれて、あこの経歴にも箔がつくよ。

芸術系とエロの差ってなんだ?

裸はエロだろ。往生際が悪いな。言い訳がましい。

あこは頭でそう悪態をつきながら、顔は笑顔で
わかりました。挑戦します。と言った。


風見あこ。21歳。アイドルになり5年が経った。
オリジナルには選ばれない。アナザーの保護者のような立ち回りで、みんなのフォローをして、サポートをするのも疲れた。


これがチャンスだということぐらいわかる。

これを逃せばもう爪痕など残せない。

アイドルとは努力と葛藤と慟哭。

5年間、喜びや歓喜より苦難と悔悟に塗れていた。 

最初から選択など求められていない。

ただ覚悟と決意を問われたのだ。


そのオーディションの帰り道、銭湯に寄った。


銭湯の鏡に映る裸の私を見た。


いつもの馴染みの乳首だった。ぽにょんとしてぽわんとしてぼんやりしていた。


ブスだなんて、あいつ、死ねばいいよね。


結構な言葉が口をついて出た。自分に驚いて、
鏡を見た。こんな感情の時、自分がどんな顔でいるのか確かめることは、職業病だ。


私は泣いていた。つまらない女だ。誰だってできるやつだ。ポロポロ泣いていた。


シャワーをひねり頭から浴びた。勢いよく全て流れればいい。あの屈辱も、今までの執着も。


銭湯で沢山乳首を見た。


垂れている人。ピンとしている人。横向きの人。前向きの人。ピンクの人。グレーの人。
小さい人。大きい人。片方の人。


乳首がブスだねと声をかけてくる人はいない。

私はこちら側の人間だった。そのままの乳首を慈しめる側の人間だった。


帰り道事務所に行き、仕事を辞めると伝えた。


スタッフもマネージャーも熱心に慰留してくれたが、丁寧に断った。


卒業ライブぐらいはしてくれるだろう。私にだってファンはいるのだ。

私が私のままで生きる世界へいざ。

醜い乳首よ。お前のおかげだよ。

(1196文字)

#夏ピリカ応募





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おだんご
お気持ちありがたく頂戴するタイプです。簡単に嬉しくなって調子に乗って頑張るタイプです。お金は大切にするタイプです。