凍てつく季節
暦の上では春分も雨水も過ぎたというのに、寒さが緩む気配はない。
日中の日差しは幾分強くなったように感じるが、気温は上がらず、雪がちらつく日が続いている。
以前「南信州の冬」というエッセイを書いた。
初めての冬は暖冬だったが、都会から移住したばかりの軟弱者に古民家の寒さは耐えられず、敷地内に小さな家を建てたという内容であった。
そのエッセイを読み返して、よくもまあ、あれくらいの寒さで大騒ぎしていたものだと苦笑いした。
移住して4度目の冬は、厳しい冷え込みが嫌というほど続き、南信にしては珍しいドカ雪が何度も降った。昼間も気温が上がらず、家から一歩外に出ると手足の指の感覚がなくなった。
元々末端冷え性でしもやけができやすい体質ではあったが、指は赤黒く腫れあがり、少し良くなったと思うと悪化しての繰り返し。厳寒期にはあかぎれのおまけまでつき、その痛さと言ったら筆舌に尽くしがたい程だった。
一番辛かったのは、レストランのランチメニューを準備するために、まだ日も登らない朝早くから、店の厨房で作業をしている時だった。
土日限定のピロシキとボルシチをお昼に間に合わせるためには、6時前から仕込みをしなくてはならず、コンクリートの床からの冷気で暖房がきかない部屋での作業は、まるで拷問を受けているかのようだった。
ちょうど新型コロナウイルスの第6波が騒がれ始めた時期で、店を開けても誰一人来店しない週が続き、せっかく準備した料理は全く無意味なものになった。
報われない努力が、私の心を一層凍えさせたのかもしれない。
飯島に移住することを決めて諸々の準備を進めているときに「長野の冬は寒いよ。耐えられなくて『もう嫌だ!』って逃げ出すんじゃないの」と主人に言われたことをふと思い出した。
「そんなことないよ、どんなに寒くたって耐えて見せるからね」そんな風にこたえた日が、はるか遠い昔のことに感じる。
あの頃希望に満ちあふれていた私は、今やすっかり打ちのめされて寒さに震えている。
天気予報によると、今週末からようやく気温が上がり始めるようだ。
春の陽ざしは、私の冷え切った心と身体を温めてくれるのだろうか。
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