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大型犬と暮らす5

 高木ドッグスクールのオフ会のメンバーは、在学中または卒業後の犬と飼い主で構成され、伊那市にある高木さん主催のドッグランとその脇にあるミルクという山荘(レストラン)で開催されている。
 参加の許可をとるために初めて電話した時、てっきり高木さんのご主人かあるいは男性スタッフだと思ったのだが、電話口の方は紛れもなく高木のり子さんご本人であることを、後にお会いしたときに知ることになった。
 
 オフ会には様々な種類の犬がいた。
 ドッグランもほぼ初めてながら、それまでそんなにたくさんの犬に囲まれた経験も乏しかったジョンは、興奮状態マックスでよだれを垂れ流している有様だった。
その日はリードにつながれたままのジョンが行きたがる方向へ、飼い主である私が一緒について回る格好になった。
 全てノーリードの犬の中で、つながれているのはジョンだけ。
「放してみれば?」「おとなしそうだから大丈夫じゃない?」
そんなふうに言ってくれる人もいたが、ひとたびフリーになるとスイッチが入ったように獰猛になることが今まで度々あったから、油断はできない。
 小型犬から大型犬まで大小入り混じって仲良く遊んでいるワンちゃんたち。
うちのジョンもこんなにマナーの良い犬になれる可能性があるのなら・・
「もう3歳になってしまったけれど、ドッグスクールで面倒を見ていただけないでしょうか」
くわえ煙草の高木さんは、例のハスキーボイスで
「もう私もいい歳だからさ、あんまりガツガツやってないんだけどね」と、
二つ返事で引き受けてくれた。

 忘れもしないその年の初秋、ジョンは高木ドッグスクールの生徒になった。
 高木さんの自宅兼スクールの前の道で、まず先生が見せてくれたお手本通りに、私がジョンのリードを握って号令をかけ一緒に歩く。
威厳のある高木さんにかかれば、借りてきた猫のような優等生になるジョンが、同じようにやっているつもりなのに、どうしたわけか途端にわがまま犬になってしまう。
「あんた優しいから、ナメられてんだよ」
とりあえず家に帰って練習して、一週間後にまた見てもらうことになった。

 「ここを紹介してくれた方が、ジョンを家の中で放し飼いにするように勧めてくれたのですが、フリーになると手に負えないので、なかなか決心がつかないんです」
雑談の際に思い切って聞いてみたところ、
「12畳くらいの部屋ならちょうどいいんじゃないの?犬が悪戯したら、間髪入れずにダメと根気強く教えるんだよ。そうやって犬と人間の信頼関係を築いていくことだよ」
高木さんはそんなふうに答えてくれた。

 そう言えば、友人が勧めてくれたオンラインセミナーで、藤田りか子さんの話していたことが、頭の片隅からずっと離れないでいた。
スウェーデンの動物保護法では、室内で犬を係留して飼ってはいけない、また外でも2時間以上犬をつなぎっぱなしにしないこと、という条例があるそうだ。
 犬が人間のかけがえのないパートナーとして暮らす北欧では、犬がより良く快適に過ごせるための研究が行われているのだろう。

 縛っているのは身体だけではあるまい、心を心こそを開放してやらなければ前に進めない気がした。
けれど家族が日々集うダイニングルームに、ジョンを放したらどうなってしまうのだろう。
 2カ月間悩んだ末、その翌年のお正月明けに、夫の猛反対を押し切って私は強行突破した。

 リードから解き放たれたジョンは、ついに自由を手に入れたのだ。
 


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