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香典返しのコーヒースティック
2024年夏、知人が亡くなった。
夏休みの中頃、夫に連絡が入った。知人のAさんが亡くなったと。
すぐにお通夜に行く用意を夫とし、二人で参列した。54才の若さだった。Aさんの遺影は、彼の経営する飲食店で働く姿だった。
Aさんは、子どもが保育園の時一緒に役員をした人だった。「社長」と呼ばれていた彼は、地元ではない九州で、飲食店を自分で立ち上げて経営していた。地域のイベントには必ず彼がいた。学校関係の役員や地域の役をたくさんされている人だった。
「おお、トラがすごいね。トラの女性、一人駐車場に入りましたー!って本部に連絡しとくね。」GAPで買ったトラのスパンコールがついたTシャツを着た私に、Aさんはそう言った。保育園のイベントの時だ。私も保育園の役員をしていたので、彼と一緒に卒園DVDを作ったり、お祭りの時に園児の前でバブリーダンスを踊ったりした。笑顔の多い人だった。2010年代のことだ。
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コロナが大流行した2020年。彼の店が大変だという話を聞いた。飲食店経営が、どこもかしこも大変だった時だ。Aさんの店は居酒屋だったため、飲み会もなくなり、ランチ経営に切り替えていた。テイクアウトもやっていて、一度買いに行ったことがある。店の近くを通りかかった時、Aさんが店のうらで煙草を吸っている姿をよく見た。
ようやく飲み会などが復活してきた2023年。ちょうど1年前、Aさんと地元の夏祭りで会った。すごく痩せていた。びっくりしたけれど、Aさんはわたしに気づいて、肉をおごってくれた。酒を飲んでいたので記憶がおぼろげだが、一緒に盆踊りをしたような気がする。
なんてことはない、小さな記憶たち。特に連絡先も交換するまでもない。Aさんとはそんな関係だった。病気だったことすら知らなかった。
Aさんの通夜に行ったとき、友人は涙を流していた。私は涙が出なかった。ただぽかんと闘病中の写真や、幼い子どもと映った家族写真を見ていた。焼香した参列者に礼をする、Aさんの子どもの一生懸命な姿が見えた。
私はAさんの死を自分の死と重ねた。これまでは葬式に出ても他人事だった。初めて、自分が死ぬ日をリアルに想像した。
私にとっての家族。仕事。健康。自分の好きなこと。持ち物。お金。「すべての物を手に入れることはできないが、選ぶことはできる」とするなら、どれを選び、どれを捨てるのか。まだ死ねない。
我が家の台所の引き出しに、Aさんの通夜でいただいた香典返しのコーヒースティックがぽつんと置いてある。なんだか飲めないまま、Aさんのコーヒースティックは引き出しの中にある。
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