或る手紙(香川・豊島より)
親愛なるAさんへ
お変わりないでしょうか。めっきり風が冷たくなりましたね。昨年、Aさんと食べたおでんの出汁を恋しく思うこの頃です。
いま、瀬戸内海の東部に浮かぶ豊島から筆を走らせています。せっかく豊島に滞在することになったので、かねてから思いを募らせていた「ウミトタ」を宿に決めました。minä perhonenを設立した皆川明さんがディレクションを担当された、一棟貸しのお宿です。
minä perhonenの展示にも、一緒に行きましたね。これまでに生み出された衣装が一堂にずらっと会している部屋の壮観だったこと。あまりの光景に黙り込んでしまって、思い思いに服の森を縫って歩きましたね。あれだけの熱量を感じられる展示は、今後もそう経験できるものではないでしょう。
さて「ウミトタ」に話は戻します。ネーミングの由来は「海と田」なんですって。豊島は、瀬戸内海に数多くある島の中では珍しく湧き水が豊富で、それゆえ稲作が盛んに行われてきたという歴史があるんだそうです。島を散策すればすぐ、美しい棚田に出会えます。そして、その後ろには瀬戸内の静謐な海。この2つをつなぐ存在となるのが「ウミトタ」というわけです。
周囲の環境への配慮もきちんとなされているわけですが、室内も、やはりとんでもなく素敵なしつらえが細部まで施されています。
minä perhonenのファブリックで隅々まで彩られたリビング空間、貴重な豊島石が存分に使われている浴室や洗面台、いつまでも時間を過ごしたくなる素敵なライブラリー。ロフトからは、海と山、空だけを眺められるよう緻密な設計がなされていて、それはもう、筆舌に尽くしがたいほどに瀬戸内の風景を堪能することができるのです。
写真を同封したいところですが、印刷する術がありません。この島には、スーパーもコンビニもないのです。でも、人間の生活とは本来こういうものではなかったでしょうか。仮にコンビニがあったとしても、写真をプリントしにいくのは何だか野暮だと思います。Aさんなら分かってくれますよね。
こうして手紙を書いている間にも、時間の経過とともに空が緩やかに移ろうていく様子を身体で感じることができます。これほど雄大なスケールで、1日の変化を感じられる機会など、そう滅多に得られません。働いている日は気づけば外が暗くなっていることも多く、家にいれば何かやるべきことに気が散ってしまうものです。こういう贅沢な時間を罪悪感なくただ過ごすということが、大人になってから旅に求めるようになったことの一つですね。
さて、明日は運よく晴れそうなので、自転車を借り、豊島美術館周辺へ足を伸ばす予定です。豊島には猫も多く住んでいるそうで、そういった出会いの予感にも胸を弾ませています。Aさんもご存じの通り、鈍くさいところがあるので、くれぐれも自転車から転げ落ちないように気をつけます。
時たま、すごく寒い日がありますが、身体にはくれぐれもお気を付けて。
旅先から戻ったら、どこかゆっくりお茶にでも行きましょう。ではまた。