人の「価値観」や「意味付け」を研究する醍醐味
私は博士課程の研究で、野菜のタネを採る農家さんを対象に、タネ採りにどういう「意味」があるのか、どういう「価値観(タネ観)」に基づいてタネを採っているのか、という調査をしていました。
聞き取りは、一度だけのこともあれば、何度も通って話を聞くこともあります。
話を聞くのは楽しいのですが、いざ、「この人にとってタネ採りの『意味』は?どういう『価値観』に基づいてタネを採っているのか?」ということを具体的にどう聞き出すのか?それをどうやって分析するのか?と考え始めるとたちまち頭を抱えます。今日は、そんな研究の難しさと醍醐味について書こうと思います。
「意味付け」や「価値観」を研究する難しさ
そもそも、私たちって、自分のやっていることの「意味」を聞かれてもなかなかはっきり答えられなくないですか?
私も、人から「あなたにとってタネの研究をする意味とは?」と聞かれても、はっきりとした答えはないし、なんとなく答えることはできるけど、それで全部が説明できる感じは全くしない・・確信的な部分は答えられていない、という不全感が残ります。
私は、人の行動の「意味」に加えて、その背景にある「価値観」にも興味があります。というか、「価値観」に一番興味があります。
(「価値観」といってもあまりピンとこないかもしれません。タネに関する価値観の場合、例えば「タネは作物を生産するための部品のようなものである」「タネは命の源である」などなど。)
この「価値観」というのもまた厄介で、どうやって扱ったらいいのか、どうやってデータを集めて、どういう情報から抽出すればいいのか、本当に難しいです。
ちょっと想像してみてください。ある日、研究者なる人がきて、「あなたは普段の食事において、どういう価値観に基づいて行動しているのか教えてください」なんて聞かれたらどうでしょう。「すいません、考えたことなかったです」とか言いたくなっちゃうかもしれません。
仮に、何か答えたとして、本当にそうなのか?それで全部なのか?それがfinal answer?という疑問が出てくるかもしれません。
ということで、私はこれまでの研究では、直接本人に「あなたの価値観は?」と聞くことはほとんどしてきませんでした。
じゃあ何をしてきたかというと、「本拠地は局地戦にある」と思って、根掘り葉掘り細かい話を聞いてきました。
人の価値観というのは、日常の細やかな意思決定の場や発言内容に滲み出ている、と思っています。
なので、抽象的な話も大歓迎で聞きつつ、具体的な場面についてもなるべく細かく聞き取りをしていました。
ということで、タネの調査では野菜のタネを採るための「母本」をどうやって選ぶのか、なぜその母本なのか、母本をどう管理するのか、といったマニアックな話を根掘り葉掘り聞きました。
そして面白いことに、「母本」をどう扱うか、という話の中に、その人にとって「タネを採るとはどういうことなのか」という思想や価値観が現れていました。
「意味づけ」も「価値観」も変わる
人間を相手にした研究の難しいところでもあり面白いところでもあるのが、「人はどんどん変わる」点にあります。
ある「マイナス」の経験(失恋した、試験に落ちた、でもなんでも)は、その時点ではマイナスかもしれないですが、後で振り返ってみたら「あの経験があって良かった」と、「プラス」に変わることがあります(もっといい相手と出会えたから、もっといい就職先が見つかったから、等)。
これってつまり、経験や物事に対する意味付けは後からいくらでも変わるし、後になってからでないと「この経験は何を意味しているのか」ということが分からないことも多いということです。
なので、インタビューで得られる情報というのは、「その時点でのその人の(今後変わる可能性がある暫定的な)『意味付け』だったり『価値観』」になります。
社会科学の一番大きな特徴というのが、この、「変化する人間」を相手に研究するところで、そこに面白さがあるなと思います。
実際に、複数回にわたってインタビューをさせていただいた方とのやりとりで、こんなことがありました。
確か3回目のインタビューだったと思いますが、「河合さんの取材を受けて以来、『自分はなんでタネを採っているのか』ずっと考えていた」と。
「・・何度も畑が変わったけれど、タネは一緒についてきてくれた。そして僕を食べさせてくれる。僕にとって野菜って『家族』みたいなもんなんだなぁと思うようになった。・・・家族を守りたいから野菜のタネを採っているんだな・・・って」と、話してくれました。
(こういう、野菜への愛を垣間見せてもらえる瞬間、密かに感動します)
インタビューは、その行為やプロセス自体が相手に何らかの作用を生みます。
この例で言うと、インタビューを通して相手の方が、自分と野菜の関係を新しい言葉で表現をする、と言う作用を生んだように思います。
自然科学だと、なるべく研究対象に影響を与えないように・・・再現性を確保する・・・ことを重視しますが、人間を相手にした質的研究ではそもそもそこを目指していません。
自分と相手のやり取りの中でどうしても相互作用が生まれて、それが研究結果にも影響を与える。
これが、研究の難しいところでもあるんですが、だからこそ面白いなと思います。
「価値観」に注目する理由
私は、人間社会を理解する上で、また持続可能な社会を実現する上で、人々が抱いている「価値観」やその社会で共有されている「世界観」を理解することが一番のキモなのではないかと思っています。
システム思考では、既存のシステムを変化させる上で影響力の大きい因子として「パラダイム(あるいはマインドセット、メンタルモデル)」というものを挙げています。(Donella Meadows, 2008, "Thinking in Systems : A Premier")
上の図は、環境の分野でよく出てくる、Meadowsによる「レバレッジ・ポイント」の図です。
一番左の丸がシステムで、システムを動かすための棒に対して影響を与える12の因子を挙げています。右に行けば行くほど、テコの原理で影響力が大きくなります。
一番システムを変える力が大きい右端の項目は「既存のパラダイムを変化させる力」となっています。
二番目に影響力が大きいのが「パラダイム(あるいはマインドセット)」です。
ということで、私の研究における大きな関心ごとである「意味付け」・「価値観」について今日は書いてみました。
ちなみに、その心はと言いますと・・・
前回の記事のなかで、「地球環境問題の一番の原因は人間が「内なる自然」とうまく向き合ってこなかったことなのでは」と書きました。
このことについて今後深掘りしていきたいのですが、システム思考における「パラダイム/メンタルモデル」(あるいは価値観)の重要性と言うのが前提にあるので、その紹介も兼ねての記事でした。
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