[遊育アーカイブ]実行力のあるリーダーは知っている #02「働き方改革のルール:後編」
依然として続く保育者の人材難に加え、不適切保育に関わる報道等も影響し、保育者の働く環境の改善・働き方改革が大きな課題となっている。
弊誌編集部では、40代の若手経営者である野上美希・社会福祉法人風の森統括、松山圭一郎・社会福祉法人山ゆり会法人本部長との対談を実施。異業種から保育の世界に飛び込んだふたりだからこそ見えた、保育の「当たり前」を革新させた働き方改革が見えてきた。
(掲載メディア:「遊育」2023年2月28日号)
後編は、お金の話から働き方改革の目指す方向性まで、縦横無尽に話が展開された。
どうしても気になる「お金」の話
――ところで、経営、運営をするなかで、「お金」の話は、切っても切れない話だと思います。地域の補助の差も見逃せない問題だと思いますが、そのあたりは、どのようにお考えですか?
野 上 私たちの園のある杉並区は補助が手厚いエリアですが、その地域だけでできる、ではよくないよね、ということは常にメディアを通じて発信しています。
地域差によってできる、できないという分断が起きないよう、国が補助を出さないといけないと訴えかけているところです。
松 山 僕の園があるエリアを通過するつくばエクスプレス線沿線は、園児獲得という面では茨城県内でも恵まれている地域です。
しかし、園のある守谷市は県境で、市の単独補助事業と家賃補助事業を合わせると、隣の千葉県の沿線の市との間に最大で12万円ほどの差をつけられている、というのが現実なんです。
でも、その千葉の3市も東京都の補助と比較すると金額は低い。首都圏を上から見てみると、都心から同心円が描かれていて、中心から距離が離れるほど補助が減っていく、というイメージですかね。
そうは言っても、補助制度が充実しているエリアのなかでも、野上さんの園だけが注目を集めていますよね。これは、同じ環境のなかでもできる園とできない園がある、という見方もできると思うんです。
だから、置かれた環境のなかで、地域のやり方を模索していくことも経営者の仕事。それらをきちんと押えた上で、処遇改善や配置基準の改善を国に訴えていくことが大事なんだ、と考えています。
――それでは、実際に働き方改革を進めていくなかで、費用についてはどのように考えていますか?
松 山 一般企業の場合、費用対効果を考えて決済する、というのが一般的ですが、それを保育の世界に当てはめるのはとても難しい。パソコンを1台増やしたからといって、保育がどのように変わるか、どのような費用対効果が生まれるのか、というのを考えるのはほぼ不可能だと思っています。
野 上 同じく、お金という評価軸で効果をはかるのは、理論上不可能だと思っています。
そこで、私たちは発想を転換させて、「生産性を最も高くするには」という視点から考えるようにしています。
私たちは、国の配置基準の2倍の保育士を配置していますが、そこで生まれた保育士1人分、160時間/月の労働力の効果を最大限に発揮させるにはどうすべきか、という角度から考えます。やみくもに人を増やしても、それによって無駄になる時間ができるのでは、意味がない。
この話を職員にするときには、「12時間の飛行機のフライトで座り続けるのは苦痛だよね、何もすることがない時間は、これと同じだよ」という例え話をします。
心のゆとりを持つ、バーンアウト(燃え尽き症候群)を防止する、という前提はもちろんですが、そこから何を生み出すかを考えるのが重要だと思っています。
今、何の働き方改革が、どこに必要か、というのは実際に現場をよく見ていくしかないですね。
組織づくりを考える
――一般企業の視点で見ると、働き方改革には、組織内のフォロー体制の構築、作業の平準化(全員が一定のスキルを身に付けている)、も必要かと思うのですが、いかがですか?
松 山 僕は「スタッフ全員で、全員の子どもを見ていこう」という声かけをしています。
そうすると、自分の担当するクラスの子どもだけでなく、他のクラスの子どもたちにも目が向くようになる。そこから、フォローする意識が自然と芽生え、〝当たり前の文化〟ができていくようなイメージです。
そのために、やはり大事なのは「保育のスキル」「連携」「情報共有」の3つの積み重ね。その一環として、フリースタッフのスケジュール表をつくって、それを見て職員同士がやり取りをするスタイルを取っています。
また、フリーとなる保育士の人選にもこだわっていて、オールラウンダー的な、スキルの高いスタッフにそのポジションをお願いしています。
野 上 頼みやすい雰囲気をつくること、大切ですよね。
私も、上下、男女の差がない組織づくりを目指しています。
なかでも、園長・主任は、フラットな目線でものを見て、「いい園をつくっていこう」というマインドを持っている方を起用しています。
風の森の場合は、体制表をつくって本部が管理して運営しています。月曜日・金曜日など、休みが集中する時や、スキルのバランスを考えていくと、そのかたちをとるのがよいかと思うので。
また、育成の観点で言えば、乳児担当者が幼児を担当する前段階で、フリーを経験するというのはマッチしているのではないかと考えています。今後も、そこは模索を続けていきたいです。
働き方改革の目指すべき方向性とは
――ずばり、働き方改革のゴールは、どこにあると思いますか?
野 上 働き方改革によって得られる効果は、働くことの楽しさ、保育にまい進できる環境が整うことだと思います。
働き方が変わって、人間関係のギクシャク、疲労感・ストレスが減り、純粋に子どもに向き合える時間が増える。子どもに真っ正面に向き合えて保育が楽しい、仕事に対するワクワク感が醸成されるようになることが私の経営者としての仕事だと思っています。
また、女性のキャリアという視点では、結婚・妊娠といったライフイベントを迎える前に、仕事の生産性を高めることを意識できるようになってほしい。子どもがいるから残業ができない、ではなく、子どもがいてもいなくても残業をしない働き方を身につける。「働く女性を応援したい」という思いを貫くため、今後も頑張っていきたいです。
松 山 働き方改革を進めていって、採用活動や、保護者からの共感・評価にもつながっている、という手応えを覚え始めているところです。
保育の世界は子どもを中心に発想するあまり、無理をしてしまう環境があったと思うんです。そこから一歩引いて、職員たちが安定的に、おだやかに仕事が出来る環境こそ、子どもたちが居心地のいい環境になる、と考えます。
野上さんとお話していて、エリアの違いはあれど、思いの根本は一緒だな、とあらためて思いました。
野 上 私も、本当に、そう思います!
――本日は、貴重なお話をいただき、ありがとうございました!