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フィリピンの貧困地域で学んだこと

2年ほど前(2019年9月ごろ)に、貧困問題の勉強をしにフィリピンへ行ったときのことを記していこうと思います!

当時訪れたのは、首都のマニラとペレーズという島です。

貧困問題の勉強をしに行っただけあって、訪れた先の環境は日本と比較してもかなり劣悪なものでした。
まるで、戦争時代、いやそれよりも前の時代の日本を見ているようでした。

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(↑この写真は、スカベンジャー⦅リサイクルできるゴミを拾ってお金にするお仕事⦆の方々の住居です。)

首都のマニラで泊まったホテル(高級ホテルではない)でさえ、お湯が出なくて滞在期間はずっと冷水でシャワーを浴びていました。
当時タイミングが悪く、久々にえげつない風邪をひいていた時だったので現地でさらにえげつなく風邪が悪化した記憶があります(笑)

もちろんお手洗いも紙を流すことはできません。
最低ですが、興味本位とトイレットペーパーを流せない面倒くささが相まって、何回かトイレットペーパーを流しました。案の定詰まって水すらもなかなか流せない状況が約1日くらい続きました……。😓同じ部屋に泊まっていた友達にはご迷惑をおかけしました……。。

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発展途上にある国は、基本的にインフラがまだまだ整っていないところが多数です。
道路も基本的に塗装はきちんとされていますが、前後左右の車間距離の近いこと……!あれはほんまに怖いです(笑)
バイクの数もすごいし、そこに乗っている人たちは簡易ヘルメットを着用しているだけでいつ怪我してもおかしくないような格好でした。交差点も信号があってないようなところがあって、歩行者はいつ通っていいか分からなくて、ヒヤヒヤしまくりでした。

まあ、そんな経験がめちゃくちゃ面白いんですけどね

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もう一つ訪れたペレーズでは、電力が一切通っていない島で、現地に滞在した数日は、スマホは一切使えませんでした。

その時に限って、すごい体調が悪化するんですよね……(笑)
マニラと比べてペレーズ島は、赤道に近いので気温が高くて暑さに思いっきりやられました。
でも、当時はなんで自分が風邪と違う症状(多分熱中症)で体調悪いのか分からなくて、携帯で調べられへんし、本当に物理的にも精神的にも頭抱えました。(笑)

まあ、おそらく自己分析ですけど、急に熱帯地域に行って体温調節が出来なくなって滝のように汗を出し過ぎ、からのそれで体温下がって脱水症状を引き起こしたのではないかと考えています……どうでしょう真実はわかりません(笑) とにかく摂取していた水分以上に体から汗が出まくったんです。

そんなことはさておき、
ペレーズ島は、野良犬の数がすごかったです。人慣れしているので襲ってはきませんが、まあ狂犬病怖いので絶対近づいてはいけません。かわいいですけどね。基本、雑種犬が徘徊しています。

たまーーに、こういう地域でもポメラニアンとかが飼われているんですけど、おそらくその子たちの飼い主は島でもお金持ちの人たちです。

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彼らの生活は、農業・漁業とかですね。ペレーズ島では、ココナッツ農家がよく見受けらました。
お金には苦労しているようでしたが、彼らのほとんどは本当に明るく元気で笑顔の絶えない人達でした。気持ちにゆとりがあるというか、心が豊かというべきか……とにかく、ゆったりとしていて美しくペレーズ島での生活は大好きでした。

同じ貧困の地域でも、マニラとペレーズ島の子供たちの教育レベルには差があるように感じました。
マニラで出会ったスカベンジャーや彼らの子供たちは、ほとんど英語を話せませんでした。タガログ語を話せる通訳の方を通じて会話していました。

一方で、ペレーズ島の子供たちは比較的に英語を話せます。大人は、話せない人もいましたが……。ちなみに、日本に出稼ぎ労働に来ていた方もいるので、日本語が話せる人はちょくちょくいました。

とはいえ、フィリピンの方々は非常にフレンドリーです。言葉が通じなくても思う存分、体で表現して楽しく学びのある時間が過ごせました。
彼らは、ダンスや音楽が大好きなのでカラオケめちゃくちゃした覚えがあります。

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全体的にみて、貧困という目線ではマニラにあるような都心スラムのほうが非常に深刻な状況だなと思いました。
実際、何人かの方にお会いしてインタビューしたり、会話したりしましたが、耳をふさぎたくなるほど環境は劣悪(教育を受けられない家庭環境、周りからの目線、売春、ギャングなど)で、日本に住む私たちには想像を絶するような経験をされている人たちばかりでした。
実際、聞くだけでも苦しくて涙した時もありました。

改めて、生まれ育った日本の環境がどれだけ恵まれており、先代の方々の頑張りがどれだけのものだったのかと気づかされます。
それに加えて、自分を見つめ直す良い機会にもなりました。
一人の人間としてこの世に生まれ、何を使命としてどう生きていくか。

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ながながと自分の経験を記しましたが、私はフィリピンの貧困問題と出会えて本当に良かったと思っています。
この経験で人生観がガラリと変わり、新たな目標を持つことも出来ました。

良い面ばかり見ていては、気づけなかった学べなかったようなことがここには沢山存在しました。

外に目を向けることは自分の視野を広げる手助けになります。

そして好奇心は、人間の成長にとって最大のエネルギーになります。

私はこれからも飽きるまで、好奇心を爆発させて自分の人生を生き抜きたいと思います。


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