こじらせアラサー女のひとりごと~人を見る~
こんにちは、ドーナツ太郎です。
会社員として働いていると、従業員の様々な情報が耳に入ってきますよね。人事職に就いていると、そうした情報が噂ベースというよりはより事実ベースでリアルに届いたりして、それが何かしらのかたちで反映されるところまで見えてしまいます。
やれ「あの人は社内不倫がバレて地方に飛ばされた」だの、「あの管理職は不正な金銭授受があって人事処分になった」だのと、そこまで頻繁ではないにしろ(そんな頻繁にあっては会社としてどうなの)、多少はそうした情報が入ります。
正直なところ、まだ若いころ(20代前半)は社会人経験も浅く、人事職である自分が「そういう情報を得ること」を権利かなにかと勘違いしていた部分があります。
だから、当時は不倫がバレてSNSやワイドショーで芸能人が袋叩きにされているのもあまり違和感がなかったですし、社内で不正や不貞を働く輩を自分自身がどんな人間だ、と決めつけて見下すのも同じように違和感がありませんでした。
相手の情報を知ることはあなたの「権利」じゃない
人間は思考力が発達しているが故に、勘違いしやすい生き物だと思います。
今なら、20代前半のわたしに言ってあげたい。
「たまたまその仕事をしていたから知った情報」なのに、どうしてそれが「自分はその情報を知る権利がある」に書き換えられてしまうのか、不思議です。
不倫発覚で芸能人がフルボッコにされるのも同じで、たまたま視聴者はメディアからその情報を仕入れただけです(わざわざネタにするメディアがどうか、という話は今は置いておいて)。
それなのに、不倫をした芸能人を否定して「そんな人だと思わなかった」「奥さんに謝れ」「謝罪会見しろ」だなんて、どれだけあなたは偉いんでしょう。そんなことを言えるほど尊く、何の間違いもなく正しく生きている人間なのでしょうか。
プライベートでいえば、わたしも前科がありますが「恋人のスマホを覗き見る」。これも権利なんかじゃない。なんなら訴えられるリスクだってあります。そもそも人の個人的な所有物の中身を見ることの権利がある人って警察とか司法とかくらいですよね。
実際、見ていいことなんてひとつもなかったし。見たくないものが見えてしまうだけでした…「見てよかった」と思う経験がある方がいれば、ぜひどんなものだったか教えてほしいくらいです。
ちょっと話がそれましたね。ごめんなさい。
ひとつの出来事から見えるのは、その人の一側面だけ
あとは、もうひとつ。若いころの自分に教えてあげたい。
これは以前、上司が部下である私や同僚たちに向けての言葉でしたが、今もなお私の中ではたびたび思い出すことの多いセリフです。
人は誰かの悪いところを見つけると、そこにしか目がいかず、その人そのものの価値を貶めて捉えてしまうことってあります。
たとえば、男女関係でいえば、「大好きだった彼に浮気された!信じられない!最低!」「婚約者が多額の借金を隠していたなんて…そんな信用できない人間とは、婚約破棄したい」とか。あるあるです。
私自身も、当時付き合っていた彼(のちの夫)に幾度となく浮気・不倫をされて、そのたびにこの思考に陥っていました。
その事実そのものは当人にとっての裏切りや悲しさを助長させるものですから確かにショッキングなんですが、「最低」かどうか「信用できない人間」かどうかは別の問題だし、ちょっと話が違うんですよね。
「浮気をされて悲しかった」、「婚約破棄したい」というI(アイ)メッセージでの感情表現ならそれはそれでいいと思いますが、なぜか人格否定ばりのラベリングまでしてしまう。
仕事をする上での人間関係も「仕事せずYoutube見てる課長」とか「後輩の女の子いびりしてるお局さん」とかいろんな人がいると思いますけど、私たちが気をつけなくちゃいけないのは、それはその人の一側面でしかないということ。
課長は自宅に帰れば子煩悩かもしれない。お局さんだって道端でご老人に助けの手を差し伸べられる優しさをもっているかもしれない。
まあ、結局は「~かもしれない」の域を出ないのですが。
少し話が長くなりましたが、わたしが「この人はこんな人」という型にはめてしまう前に気を付けたいことは2つです。
・知りえた情報から人を判断するときに、その情報を知ったのは自分の「権利」だと勘違いしない。
・人を見るときに、一つの事象からその人の在りようとか生き様を絶対視しない。
いかがでしょうか。
皆さんの記憶のどこかに残る記事になっていれば、幸いです。