The Digital Devil Story 第三巻 転生の終焉 第二章 魔性胎動
1
十月三日。
高層ビル街と新宿中央公園にはさまれて、赤土をさらしたままの空き地がある。
三年後、ここには東京都庁が建設されるのだが、この時期はまだ一般に開放されていて、しばしばコンサートが開かれていた。
その空き地に、白の装いをこらした二百名ほどの若者が集まっていた。
あの夜、ライブハウスでセイレーンと出会い、その熱狂的なファンとなった若者達である。白はセイレーンのシンボルカラーでもあった。
「まだかよ」
「本当に来るのかな?」
いまの日本に不満を抱き、いつも、否定的なことばかり言っている若者達が、子供のように期待に目を輝かせて、空き地に設営された無人のステージを見つめている。
その空き地を見おろすように、高架になった道路が南北に伸びている。その橋梁の陰から、肩に白鳩をとまらせたセイレーンが姿を現すと、若者達は歓声を爆発させた。
高架になった道路を歩いていた人々は、突然白装束の集団が集まったことに驚き、足を止めて、好奇の目で若者達を見おろしている。
その中には、マスコミ関係者を従えた田代の姿があった。
「田代さん、悪魔を退散させるためのミサというキャッチフレーズで、コンサーンを開くなんて、よく考えましたね」
カメラを抱えた新聞記者が、からかうように言った。
「本当、歌手を教祖にして宗教団体を作っちゃうなんて、賢明で、ずるくて、巧妙だわ。田代ちゃんでなきゃ、できない芸当よね」
取材班を引き連れた、テレビ局のプロデューサーが、軽い笑い声をあげる。
「まあ、あの娘の歌を聴けばわかるさ」
感情を表に出さずに、田代はセイレーンを見ながら呟いた。
彼は白鳩の啓示を、完全に信じていたわけではない。が、少なくともセイレーンの歌の力が並はずれたものであることは、だれよりもよく知っていた。
やがてセイレーンはステージに登り、この世のものとは思えない美しい歌声で歌い始めた。
歌声は羽毛のように軽やかに人々を包み込み、おりからの風に乗って高層ビル街を吹き抜けてゆく。
一瞬ぽかんと立ちつくしていたマスコミ関係者の目が、獲物を前にした獣のように輝きはじめた。
「こら、ビデオ係! ここから、あの娘の表情が撮れるわけないだろう! 下に降りて、もっとステージに近づけ!」
人が変わったようなプロデューサーの怒声を合図に、マスコミ関係者達は広場に降りる階段に向かって我先に駆けだした。
つられて高架からステージを見下ろしていた人々は、次々に階段を降りはじめた。
白鳩を空に向かって放ちながら、セイレーンが異国の言葉で最初の歌を唄い終える。
すでに広場は、ミサを始めたころの何倍もの人の波に埋まり、なおその数は膨れあがりつつあった。
自分は広場へは降りずに、高架からステージを見下ろして、皮肉な笑いを浮かべていた田代は、背中に視線を感じて振り返った。
「ついに、聖セイレーン教団の旗あげですね」
何かに憑かれたような面持ちの猿渡が、歩み寄ってくるところであった。
「資金集めを、引き受けてくれたんだってな。感謝するよ」
田代は、さしてありがたくもなさそうに言った。
「彼女の歌にはそれだけの価値がありますよ。セイレーンなら本当に悪魔を退けることができるかもしれない」
並んで手すりに上体をあずけた猿渡に、田代は険のある流し目を送った。
「本気でそんなことを、信じているのか?」
「白鳩の啓示は私だけじゃない。あなただって……」
猿渡は、意味ありげに田代の顔を覗き込みながら、額の傷をなでてみせる。
「大野木の打ち込みぶりも、すごいですよ。あのやくざな男が、セイレーンのために、寝る間も惜しんで若い連中を呼び集めていますから」
「実際、人選がうまい。あんたが教団経営、大野木が人集め、そして俺がプロパガンダか……まさに神の選択だな」
田代は自嘲するように言うと、白鳩の姿を求めるかのように、薄曇りの空に目をやった。
2
横浜駅、午後七時。
首都圏全域に施行されている夜間外出禁止令も、東京駅から30Km離れた横浜市では厳格に守られてはいない。
まだ神奈川県下に悪魔が出現したことはなく、横浜市は東京よりも安全な町とみなされているため、繁華街は以前よりも賑わっていた。
横浜の玄関口である横浜駅に下り電車が到着して、一度に何百人もの乗客が降りる。その人混みの中に、目立たない地味なジャケットを着た室町の姿があった。
改札口を出て、駅の西口から歩いて五分ほどの飲食店街を、室町は店を探してしばらくうろついていた。そして、ある雑居ビルの二階の、下手くそな歌声が漏れてくるカラオケバーを見あげて立ち止まった。
「ここか……」
唇を引き結んで階段に足をかけた室町を、向かいのゲームセンターから見つめる二人連れがいた。
「やっぱり、来やがった」
頬に傷のある革ジャンの小男が、冷たい笑いを浮かべながら室町の後ろ姿を見やった。北園弘治という、室町の悪友の一人である。
「いいのかよ? 一騒動もちあがるぜ」
不安そうにぼやいたサングラスの男は、村井雄太といった。
「悦子が、別の男とできてるのを教えてやれって言ったのは、テメェのほうじゃねえか」
「俺は、諦めるほうがいいって言うつもりだったんだ……」
北園にドスのきいた声で言われて、村井はぼそぼそと言い訳を口にする。
「とにかく、俺達の車をあのビルの側に停めて、あいつが放り出されてくるのを待っててやろうぜ」
北園はニヤリと笑って、立ち上がった。
演歌の流れるカラオケバーの店内は、ネクタイ姿のサラリーマンでごった返していた。
店内がやけに明るく感じられるのは、レーザーカラオケの大型ディスプレイとミラー貼りの内装のせいだろう。
「お一人ですか?」
うさんくさげに声をかけるボーイを無視して店内を見回した室町の目が、カウンターの中で酔客相手にしなをつくる髪の長い女をぴたりと捉えた。
塩野悦子である。
三人いるホステスの中でも、ノースリーブのワンピースから伸びた白蛇のような腕をおしげもなくさらす悦子の艶っぽさは、ひときわ群を抜いている。
胸の鼓動が高まるのを抑えて、室町はカウンターの隅に腰をおろした。
「何を召しあがりますか?」
長身のホステスが、けだるそうに近寄ってくる。
「……レミー・マルタン。ボトル入れといて」
室町は思いつく限り、一番高そうなブランデーの名柄を口にした。
「ロック? 水割?」
疑わしげな、それでも媚びたようなホステスの声を聞き流して、室町は悦子を睨み続けている。
「悦っちゃんを、ご指名なの? 呼んできてあげようか」
何かわけがありそうな室町の様子に、好奇心をくすぐられたのだろう。長身のホステスは悦子に近寄って、耳元に何事かを囁いた。
すると悦子は、肩にかかる長い髪を指で梳きながら、振り返った。そして室町と視線をあわせた瞬間、頬をぴくりと歪めてそっぽを向いた。
だがすぐに開き直ったものとみえて、目の前の客に愛想笑いをすると、挑発するように、ヒップを揺らしながら、室町のほうに近づいてきた。
「レミー・マルタンを、ボトルで注文したんですって?よくそんなお金があるわね」
悦子は室町を見つめたまま、タバコに火をつける。
「まったくだな。みんな、お前が持ってきやがったものな……」
室町は吐き捨てる。
「盛りのついた犬みたいなあんたと、一年間暮らしてあげたんだもの。あのくらい、いいでしょ?」
煙とともに吐き出された台詞に、室町は視野が朱く染まるのを感じた。同時に、
(行くぞ!)
(行くぞ!)
(行くぞ!)
体奥から妖しい囁きが聴こえ、それは灼熱の塊を伴って体表に湧きあがり、微かな痛みとともに吹き出してくる。
あっという間に皮膚の表面に浮かびあがった黒い疣に、室町の体は覆いつくされていく。
キャー
悦子は狂ったような悲鳴をあげて、後ろに跳びすさった。
そのはずみで、カウンターからブランデーのボトルとグラスが転がり落ちる。
逃げようとした悦子は、そのボトルに足をとられて、後ろにひっくり返った。
尻もちをついたまま、後ずさりして逃れようとする悦子のそばにしゃがみ込み、室町は悦子の腕を掴んだ。
「離して!」
悦子は腕をふりほどこうともがく。
だが、室町の頬からぼとりと落ちた塊が、露わになった悦子の太腿にはりついた。
白い肌に密着した塊は、いいようもないほど不気味に蠢いている。
それは球形の胴体を持った、掌ほどもある蜘蛛であった。
瑠璃色の目をぎらつかせながら、蜘蛛は悦子の足を這い上る。
イヤー
払いのけようと、闇雲に振りまわした手にひょいと跳び移ったそれは、鋭い牙で静脈を噛み裂いた。
したたる血潮に吸い寄せられたように、室町の身体から湧き出した無数の蜘蛛が、悦子の肌にところかまわず牙をたてる。
歌い手を失ったカラオケの鳴り続ける店内を、逃げ惑う酔客達の喉に、背に、足に、室町の体から湧き出した蜘妹の群れが、襲いかかっていった。
一方、路上に停めた車の中からカラオケバーのドアを見張っていた二人は、陶然とした面持ちで階段を降りてくる室町を見て、顔を見合わせた。
「何だあいつ、ピンピンしてるぜ」
しかし室町が車の前を通り過ぎたとき、二人は、彼のジャケットが斑に濡れて青光りしていることに気づいた。
「おい、あれは……血じゃねえのかよ」
運転席の村井の顔から、血の気が引いた。
「面白そうじゃねえか。拾ってやろうぜ」
「でもよォ」
北園は、不安そうな村井の背中を叩くと、助手席から手を伸ばしてクラクションを鳴らした。
「室町、悦ちゃんと話はついたのか?」
背後からの大声を聞いて、室町は我に返った。まさかこんなところで悪友たちに会うとは、彼も予想していなかったのだ。
「その格好でどこへ行くつもりだ。そっちにゃ、交番があるんだぜ。乗ってけよ」
北園は無警戒に声を張り上げた。だが、
「お前らか……」
肩ごしに振り返った室町の、底光りする目に睨まれて、北園は言葉を呑み込んだ。
(うるさいやつらに見つかってしまった。こいつらも殺っちまおう。)
二人を睨んだまま、室町はラルヴァの出現を念じた。その頭に、
(いや、ここらで仲間を増やすのも、悪くないかもしれない。)
愉快そうな声が、そう告げた。
それから二時間後。
すえた臭いのしみついた新子安のアパートに、北園と村井を連れてきた室町は、出口を塞ぐように座り込んで、自分の身に何が起こったかを話していた。
「お前が、そんな力を身につけていたとはな……」
呆れたよう呟く北園の隣では、怯えた村井が、腰を浮かせて、この部屋から逃げ出す隙を窺っている。
「で、お前ら、どうするつもりだ?」
室町が、脅すように目を細めて二人を見比べた。
「こんだけ聞いちまって、ハイさよならってわけにもいくまい」
北園は、覚悟を決めたように唇を噛んでいる。
「俺はヤだよ。かんべんしてくれよ、絶対秘密をもらしたりしないからさ」
壁際に逃避した村井は、涙まじりで哀願した。
「いーじゃねーか、仲間になってやろうぜ。アンパンやってるよか、よっぽど面白そうじゃねえか」
北園が、投げやりに村井のほうを振り向いたとき、
チチチ
チチチ
無数の飢えたひな鳥のものに似た耳障りな鳴き声が、三人の頭上にふりかかった。
天井に浮かびあがった二対の目に気づいて、村井の喉から悲鳴がもれる。
一方、北園は恐怖と戦うように蒼白な顔で天井を睨みつけた。
「ラルヴァよ。俺にも力をくれ。殺し、奪う力を」
震える声が告げる。
(よかろう)
凶悪な銀色の光を発する一対の目が、流星のように北園の体に吸い込まれていった。
ラルバに憑依されたショックで、体全体を震わせる北園を横目に、
「今度はお前の番だ」
室町は村井を促した。
「や、やだよ……」
「そんなに、俺の獲物になりたいのか……」
低い声で呟きながら、室町が顔を寄せてくる。
その顔にうっすらと黒い斑点が浮かびはじめたとき、
「まあ、待てよ。一人くらいは、仲間に普通の人間がいたほうが便利かもしれないぞ」
ようやく気持ちの落ちついたらしい北園が、助け舟を出した。
「誓って秘密はもらさない。なんでも言うことを聞くよ」
村井は畳に額をこすりつけるようにして、ただひたすら許しを乞うていた。
3
お茶の水、午前零時。
昼間は途切れることなく行き交っていた車の往来も途切れ、ネオンも消えた街角を、冴々とした月の光が照らしていた。
黄金色に染まりはじめた銀杏の梢を揺らす風の音が、小さく開いた病室の窓から入り込んでくる。
弓子のベッドに並べて置かれた看護人用の簡易ベッドに横たわり、夢と現実の境を行きつ戻りつする中島の唇から、低い呻き声がもれていた。
束の間の安息の日々は過去の記憶を呼び起こし、かえって中島の心を責めさいなんでいた。
「ユミコ」
苦しげに弓子の名を呼ぶ声に呼応するかのように、風に吹きあげられたカーテンがふわりと浮いて、病室のリノリウムの床に蒼白い月の光が伸びた。
が、カーテンが元に戻った後も、どうした訳か、その光だけが消えずに残っている。
それどころかその光は、水面に映る月のように緩やかに波うちながら、ふわりと浮きあがり、やがて中島の体に吸い込まれるように消えていった。
夢の中の中島は、冥界、黄泉比良坂にいた。
赤茶けてうねうねと続く不毛の坂道を、苦悩に顔を歪ませた中島は、後ろをふり返りふり返り、ひたすら走り続けていた。
わずかの距離をおいて、その後を追う一団があった。
ちぎれんばかりに深々とえぐられた喉元に詰襟を食い込ませ、風に血の飛沫を飛ばしながら、つめ寄る近藤。
白眼をむき、悪鬼のような形相で、怨みのこもった叫びをあげる高見沢京子。
へし折られた首を傾げたまま、両腕を空に泳がせ、とり残されまいと追いすがる飯田。
いずれもが、かつて中島が呼び出した悪魔が抹殺した十聖高校のクラスメート、教師達である。
(許してくれ…)
荒い息の中に懺悔の言葉を散りばめながら、中島は駆け続けた。
地表の割れ目に足をとられて転ぶ中島に、近藤が怨みを込めてのしかかってくる。
(カグツチ!)
矢も楯もたまらずに念じると、中島の右手には異次元から呼び寄せられたヒノカグツチの剣が握られていた。
銀刃一閃。
切り落とされた近藤の首は、それでもあきらめきれずに目を剥いたまま、中島の足首に歯をたてる。
(中島!)
叫びながらカミソリの刃を振りおろす高見沢京子の胴に剣を突き刺し、近藤の頭蓋を叩き潰し、中島は無我夢中で再び坂を駆け登る。
と、前方から吹きおろす清々しい風にまじって、
(中島君、早く来て!)
弓子の声がした。
(弓子――。)
血まみれの足に力をこめて頂上にたどりついた中島の前に、弓子がほっそりとした手を差し伸べて立っていた。
(弓子……。)
半べそをかくようにしておずおずと手を握る中島を、弓子が母親のように抱きしめる。
(よかった……。)
暖かい胸に顔をうずめて呟いた中島は、微かな異臭を嗅ぎとって顔をあげる。
その目が、驚愕に見開かれた。
弓子の宝石のような目のまわりの皮膚が醜くただれ、膿を滲ませているのである。
(朱実君……)
哀しげな弓子の顔が近づいてくる。と、皮膚から滲み出た膿が、ぽとりと中島の顔面に落ちた。
(よしてくれ!)
反射的に振りあげた手が、暖かく柔らかいものに触れた。
「朱実君、どうしたの?」
恐る恐る瞼を開いた中島は、気づかわしげに覗き込む、包帯に包まれた弓子の顔を見た。
「夢か……」
荒い息を吐きながら、中島は手の甲で額の汗を拭った。
その背から仏像の光背のように浮きあがった夢魔の蒼白い影が、吸い込まれるように床に消えてゆくのに二人が気づくはずもなかった。
4
十月五日。
国会図書館に隣接した自由党本部の幹事長室に、自由党の派閥の領袖四名が顔をそろえていた。
首相を擁する中内派からは加藤防衛庁長官、代表を失った旧浜野派からは長老格の鹿俣代議士、中間派閥を代表して磯村国対委員長、そして太田派からは太田自らが……。
「いよいよ、出ましたな」
磯村が声ばかりは沈痛に、横浜での事件を報じる新聞を丸めて膝を叩いている。
「横浜の事件は、悪魔の仕業と決まったわけではないぞ」
白髪の鹿俣が、不快そうに口を挟んだ。
「武器も使わずに、一瞬にして二十六名の命が奪われたのですぞ。悪魔以外の誰に、そんな真似ができますか?」磯村が言った。
「たしかに。警察庁からの報告書には、人のものでも、獣のものでもない体液が発見されたと書いてありますな」
ぶ厚い報告書に目を通しながら、加藤が冷静な声でいう。
「だからどうだというのかね。悪魔対策は防衛庁、つまり君のところと、警察庁の仕事だったはずだ。殺人事件が起こるたびに、いちいち党の有力者を集めていた日には、日本の行政、立法機能は麻痺してしまう」
鹿俣の発言は、太田に対するあてこすりである。
「十分な説明もせずに、皆さんにお集まりいただいた点については、まことにご容赦を願いたい」
太田は、丁寧に頭を下げた。だが、彼の顔は、すっかり以前の精気を取り戻していた。
「しかし、二度と悪魔が現れることなく時がすぎてくれれば。という我々の願いが裏切られたことだけは認めざるをえません。事態がこうなった以上、私は、やむにやまれず新たな立法措置を提案したいと思っています」
太田は力のこもった眼差しで一同を見回すと、執務デスクの引き出しから一枚の紙きれを取りだした。
『対悪魔国家防衛法(案)
第一条 悪魔ノ侵略行為ヲ幇助シタル者、又ハ悪魔ヲ使役シタル者ハ、死刑又ハ無期モシクハ十年以上ノ懲役二処ス。
第二条 前条ノ目的ノタメニ協議ヲナシタル者ハ、十年以下ノ懲役二処ス。
第三条 第一条ノ目的タル事項ノ実行ヲ扇動シタル者ハ、七年以下ノ懲役二処ス。
第四条 前三条ノ罪ヲ犯サシムルコトヲ目的トシテ、金品ソノ他ノ財産上ノ利益ヲ貸与シ、又ハソノ申込、モシクハ約束ヲナシタル者ハ、五年以下ノ懲役二処ス。
第五条 前四条ノ罪ヲ犯シタル者自首シタルトキハ、ソノ刑ヲ軽減又ハ免除ス。』
「太田君、これはやりすぎではないか。まるで第二次大戦前に履行された、治安維持法のようだ」
戦前から政治活動をしてきた鹿俣は、あきれたように言う。
「鹿俣先生、大破壊を行ったセトの事例でも明らかなように、悪魔を呼び寄せるのは本質的には人間の邪悪(よこしま)な欲望なのです。これを絶つにはどのような立法措置でも行きすぎということはありません。そもそも現行法では、悪魔を呼びだした者を処罰することさえできないのです」
「異議なし!」
国会審議中さながらのダミ声で太田を援護する磯村の隣では、加藤が頷いていた。
「……私も一条に関しては異存はないが、協議や扇動まで処罰の対象としたのでは、全体主義復活のそしりは免れまい」
有力者の加藤が賛成にまわったとみて、鹿俣はいやいやながら、立場を転じた。
対悪魔国家防衛法(略称、対魔法)が超党派の賛成で衆議院を通過したのは、このわずか一週間後のことであった。