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分かっていた別れなのにね
3週間振りに地元に帰ってきた。
駅に着いて、改札を出る前に
「そう言えば、ピーコックは今日までだったんじゃないか?」
と思いながらエスカレーターをのぼっていた。
時間は21時半。
「まだもしかしたら最後の時間に間に合うかも。」
なんて思いながら改札を出ると、もうちゃんとシャッターが降りていた。
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「あぁ、お別れに間に合わなかった。」
なんて、駅に着くまで閉店を忘れていたくせに都合よく思う。
シャッターに貼られているポスターを見に近寄る。
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『18時をもちまして』
そうか、既に3時間半も過ぎていたのか。
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55年。という数字に、何故か胸がグッとなる。
私は3歳からこの街に住んでいて、ピーコックにはそれなりの想い出がある。
小学生の頃、母の誕生日プレゼントをひとりで買って、サイズを間違ってしまい、母と交換に行ったことや、
ビールを飲みたい母とごはんを食べる時の候補は2階の清瀧苑だったり、
母が病気になってからは差し入れにちょっと高級で美味しい果物を買っていたことなど、
思い出してみると母との想い出が多いことに気がつく。
幼馴染とも久しぶりに会う時の待ち合わせ場所は3階の本屋さんだったり、
友人の子どもが急に走り出して自動ドアに挟まりそうになったのを回避したり、
2階は衣料を取り扱わなくなってからはテナントが入るようになってコロコロ変わったりするのもある意味楽しみだった。
55年前といえば、私はまだ生まれてないし、ちょうど両親がそろそろ結婚する頃だっただろうか。
そんな「想い出のスーパー」が、消える。
自覚したらなんとも言えない気持ちになる。
最近の地元は建て替えは頻繁だし、小田急線の地下化をきっかけに再開発もかなり激しく、街並みが変わることを止めることはできない。
止めたいとも思わない。
だけど、最近は地元にいられる時間が減っているせいか、帰ってきた時の変化に動揺した。
3時間半前に閉店したピーコックの2階と3階にはまだ灯りがついている。
働いていた人たちがまだいるのだろう。
顔が思い出される人たちもいる。
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きっとすぐこの建物には囲いがされて、
壊され、新しい建物が建つ。
そして私もすぐにその景色に慣れる。
この街では既に何度も繰り返されてきたことだ。
でも、今夜は色んな私自身のタイミングもあって少しセンチメンタルになる。
写真を撮って、忘れても思い出せるようにしておく。
そして、足早にそこから去る。
あんまり長くこの場にいると、ますます気持ちが動揺しそうだったからだ。
自宅に向かうまでの道のりに、別の建て替え中のビルがある。
3週間振りに帰って来ただけで、今度は囲いが取れて、新しいビルがお披露目されていた。
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建て壊しから長いこと経っていて、そう言えば「2025年完成」と大分前に看板で見たことを思い出した。
あぁ、もう2025年じゃないか。
なんかもう、心が追いつかないぜ。
でもこれもまた慣れる。知ってる。
「またドラッグストアが入るといいね」
と写真を送ってみた姉に言われる。
そう、私はずっと自分の生活が楽になるという欲望を満たすために、それだけを念じていたくせに、何をそんなセンチメンタルになっているのか。
そんな資格などないわ。
ほとほと自分に呆れながら
「ドラッグストアになれー」
と念じつつ帰路についたのだった。
2025年1月が終わる。
さようなら。またいつか。