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FOD激闘録、Number記事など感想

こんにちは。
バレーボールの取材も落ち着き、宇野昌磨さんのインタビューが載ったNumberを読んだり、FODのフィギュアスケート激闘録:山本草太選手編を拝聴しました。以下、感想をつらつらと。



【FODフィギュア激闘録:山本草太編】

6月17日に公開。Xのフォロワーさんで草民の方々の投稿でアップされているのを知り、試聴しました。

本当に2023年の全日本選手権は山本選手にとって、ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪への分岐点となる全日本だったのだなと、改めて思い知りました。

全日本選手権は、第3グループ後半から神演技が続き、正直、だれが表彰台に上ってもおかしくない大会でした。なので、取材する側としてもなかなかミックスゾーンを離れることができませんでした。
なぜなら、表彰台に乗る可能性のある選手が次々とミックスゾーンに来るからです。(ちなみに、アドレナリンが出過ぎてコートを脱いでセーターだけで取材してました。寒さをまったく感じなかったです)

なので、山本選手の演技もミックスゾーンに設置されたテレビで見ました。
祈るような気持ちで見ていました。ひとつひとつのジャンプが決まる度に安堵と、「次も頼む」というような気持ちが入り交じり、見たいような、見たくないような複雑な気持ちが続いた後に、歓喜の瞬間がやってきました。

ああ、よかった。目に光るものが見えた瞬間、なんとも言えないうれしい気持ちになりました。

激闘録を見たので、久しぶりに山本選手のFS「エクソジェネシス交響曲第3番」を見直しました。
それまで、SP「カメレオン」の方が若干ではありますが好ましく感じていました。なんせ、「New草太」ですから。

でも、久しぶりに見たエクソジェネシスを見て新しい発見がありました。

山田満知子先生が山本選手を送り出すときに「がんばれ」じゃなくて「がんばろ」って言っているのが凄い好き。「がんばろ」って聞こえたんですけど、そうですよねw

この動画の2分23秒あたりから。ちょうど実況の方が「悩みや葛藤を描く前半から曲が高まっていきます」というところ。
山本選手がまるで、天からなにかを授かったかのように両手を宙に差し出す。それは、スケートの神様から「フィギュアスケート」という宝物を与えられた瞬間だったのではないかと考えました。与えられたスケートを、スケートが好きだという気持ちを両手の手のひらに大事そうに抱え、そのまま滑っていく。

ずっとずっとその気持ちを胸に、ずっとずっと大好きだという気持ちだけは捨てずに滑ってきた。そして、曲の後半では、そのスケートへの愛を爆発させた。いや、あふれ出したという方が適切かもしれません。まさに、実況の方が「魂があふれ出す」と表現したように。

そう思ったとき、「THE草太」の意味がより強くなったような気がします。

激闘録の中で、けがなどで苦しんだ過去について問われ、「今を生きている」と発言されていました。

ジュニア時代に大きなけがをしたときも、2020年の全日本後に引退をよぎったとしても。その時はどん底を味わっても、「次に進むんだ」と決意した瞬間、辛い過去はもうすでに過去になっていたということだったんですね。

「エクソジェネシス交響曲第3番」の歌詞は
Let’s start over again(この歌詞の部分でちょうど手鏡を見るような振りをしていました。なにが映っていたんでしょうね)
Why can’t we start it over again
Just let us start it over again
And we’ll be good
This time we’ll get it, get it right
It’s our last chance to forgive ourselves

もう一度、やり直そう
私たちはなぜ、やり直せないのか
もう一度、やり直させて欲しい
そうすれば、良くなるはずだから
今度こそ、正しく分かるようになる
これこそが自分を許す、最後に残された望みなのだから

こんな歌詞です。歌詞では「もう一度やりなおそう」と歌っているのに、山本選手はやり直すではなく、新たな自分を作り上げていった。でも、過去の自分を否定しているわけではなく、その自分も自分だと受け入れている。
強い人だと思います。その強さは、あの柔和な笑顔で見えづらいだけかもしれません。

いつまでもメディアも「復活」という言葉で山本選手を修飾していてはいけないなと思いました。

ちなみに、山本選手の23-24プログラムについてポッドキャスト「あしたのたね」でかなりの高カロリーでしゃべっています笑
よければ聞いてみてください↓↓


【Number、FOD宇野昌磨さんインタビュー】

聞き応え、読み応えがあったインタビューでした。
FODさんでのインタビューの中で最も印象的だったのは「これまで努力だと思っていなかったことを努力していると感じるようになった」とという部分。
ああ、それは本当に辛かったのだろうなと。と同時にどれほどまでにスケートにささげてきたのか。いや、本人的には捧げたという感覚もないのか。
それが、「がんばっている」と感じるほどまでにモチベーションの維持が難しかったんだ。
それでも1シーズン、走り抜いてくださった。そして、あんな宝物のような演技を魅せてくださった。宮本賢二先生、ステファンが用意してくれたプレゼントの箱に、宇野さんはたくさんの「美しい」「スケートへの思い」を込めて送ってくださったのだな。
本当に最後のシーズンを取材できてよかったなと感じました。

あと、やっぱり過程を大切にされてきたという部分。そこが宇野さんの軸だと思ったし、それこそが宇野選手たらしめた精神だったんだなと改めて思いましたし、その哲学をやっぱりもっと知りたいと思ってしまう。
どうしても、わたしにとって宇野さんは興味を引いてしまう存在だな。

「自分はジャンプの才能がないわけではない。ただ、自分が目指す理想には自分の実力が足りなかったという自分の評価。他人が評価する自分は素晴らしい自分になれた」
この部分、本当に宇野さんらしい恐ろしいまでの客観性が表れた言葉ですよね。「足るを知る」じゃないですけど。こういう風に自分を見ることができるまで、どれほど自分と向き合ってきたのか。
それは孤独の時間だったのかもしれないし、支えてくれた方達との生活の中でのことだったのかもしれないし。
どうやったら、こんな考え方になるんですか?人生、何回目ですか?笑

Numberでの記事で驚いたのは、宇野さんが涙を流したタイミングがあったのだと知ったことです。
けっこう淡々と世界選手権後のインタビューに答えていたので、涙を流した瞬間があったのだと知って、驚いたというか。いや、宇野昌磨さんの周りに素晴らしいチームがあったことに、外側にいる人間である私も本当によかったなと思いました。でも、それってやっぱり宇野昌磨という人がスケートにすべてを注いで、誰よりも厳しく、真摯に向き合ってきたからこそ集まった仲間なんだろうな。

宇野昌磨さんは、常に「全力を出せる場所」を探しているのだなあ。
わたしも引退会見で「全力」の源泉について質問をさせてもらったけれど・・・。
競技の場以外でもそうした魂を燃やせる場があると知った、その瞬間にさまざまな未来の道が開けたのかもしれませんね。
そう思うと、ワンピース・オン・アイスでの経験って宇野さんにとってどんなものになったのだろう?スケートに対するなにが変わったのか、変わらずになにかを見つけたのか。聞いてみたい。

まずはアイスショーと、語っておられました。
どんな未来がやってくるのか。また見たい。その未来をまた多くの人と分かち合いたいですね。
でも、まだ宇野選手って書いちゃう。宇野さんって書くの慣れないなあ。

いいインタビューを読むと心のエネルギーが満タンになります!

ちなみに、ポッドキャスト「あしたのたね」でもいろいろと語っています。



そろそろ、全日本合宿ですかね、新しい景色が見れそうです。

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