掌編妖怪草紙 巻之一 川赤子(豆本)
■ 感想
「姑獲鳥の夏 愛蔵版」を購入して応募した読者に届けられた特典の豆本で、掌にちょこんと収まる小さな豆本でありながらも、「姑獲鳥の夏」前日譚である掌編「川赤子」がちゃんと収録されていて、造本の美しさにも感動した思い出の豆本。
事件の蓋が開く予兆がじわりじわりと関口巽に纏わりつき、記憶の奥に閉じ込めたはずの夏が眩暈のように押し寄せてくる。不安のない眠りを包んでくれていた母の羊水を思わせる、ぬるりと凝る川面には臍の緒のような渦。込み上げる背徳に背を向けようと、見えないはずの背後は脈打ち、呱呱、呱呱、呱呱、と泣く声はやがて脳内で像を結び、原作リングの貞子のように姿を見せないからこその恐怖が立ち昇り、湿度と粘度は強度を増していく。
関口くんの脳細胞のひとつにでもなったかのように鬱々と酩酊するような思考に巻き込まれ、開こうとする記憶の扉を無意識化で彼がどうやって拒絶しているのかを言語を越えて見せられているような鮮やかさは、単なる前日譚に留まらず、人間の哀しい業を象ることでこうした妖怪は生まれていったのかと、オカルトの深淵を垣間見るようでもある。
澱んだ川から地獄の釜が開くように、昭和27年のあの夏へと物語は続いていく。
■ 漂流図書
本編のサイドストーリーの作品集となっている「百鬼夜行」シリーズ。「川赤子」は「陰」にも収録されています。
読むほどに愛おしさが増す京極さんの本たち。発売順に再読していこうかな。