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LGBTQ事情#19 性の悩みが導いた新たな夢。

 男でもない、女でもない曖昧な性をカミングアウトしたからといって、すぐに自分らしく生きられるわけではない。嘘で塗り固めて生きてきたせいで、曖昧どころか、もう私は私がわからなくなっていた。

 性の悩みを理解してくれた夫との結婚。しかし実の家族からは結婚を反対され絶縁を告げられる。それなのにその結婚も破綻させてしまった。夫にとっては妻であり、おしゅうとめさんにとっては嫁であり、そして、実の母にとっては娘であり、兄弟たちにとっては姉であった私。文字を並べてみて気づく。私を表すどの文字にも「女」がつき、そのどれも、うまくやれなかった。何がいけないのか本当に分からない。気付けばみんないなくなった。もう、妻でも、嫁でも、娘でも、姉でもない。なんの肩書きもない。ただの裸の私。もうこのままひとりぼっちでいい。だけど、せめて私を縛り付けるこの苦しみから逃れる方法はないだろうか。何が問題なのかさえ、わからないのだけど。

 離婚をして新しい家に引越しをしている途中、どこからか、びっしり書き込まれたノートが出てきた。約10年前に初めて刑事裁判の傍聴したときのものだ。海賊版のDVDを販売して捕まった"お父さん"の裁判。「父親だから稼がないといけなかった、仕事がなくて困ったあげくやった」という被告人。「お父さん」だから稼がないといけない?なにか、すごく違和感がある・・・そもそもこの事件の本当の問題はなんだろう・・・お父さんの苦しそうな顔、なぜか私も苦しい・・・いろんなことがびっしり書き込まれたノートを読み返し、当時の記憶がよみがえる。そして、火がついた。

 私は今、司法試験の勉強をしている。あのお父さんの苦しみの顔の記憶が鮮明によみがえったのは、性別や肩書きに埋もれて自分らしさを失った私の問題でもあったからなのかもしれない。私の生きずらさは、自分自身のこと、そして社会のことを知らなすぎたからなんじゃないかと今思う。実際この記事を書く度に心の奥底に隠れた自分の本音を知り、少しずつだけど私を縛りつける苦しみがほどかれ始めている。だから次は、社会のことをもっと知りたい。だから勉強する。いつか、あのお父さんのような人の代弁者になりたい。それはきっと私自身が苦しみから解放されることと繋がっている気がする。

 ひとりぼっちになったからこそ見つけた新しい夢。ひとりぼっちのまま強くなるために夢を叶える。五年後、きっと私は、弁護士として、法廷に立っている。

2021年12月6日火曜日 山陰中央新報掲載分
写真 いしとびさおり

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