後悔の数
前回書いたSさんの話は1回飛ばします。
どうしても今日書きたいことがあるので。
私の会社のデスクには2つのファイルがある。
1つはクライアントと交換した名刺を入れておく赤いファイル。
もうひとつは、退職した後輩の名刺を入れておく青いファイル。
退職の意向を受けて最終出勤日がくると、退勤時間に貸与物品の回収がある。
リストを見ながら退職者と役職者で物品を照合してすべて揃ったのを確認して終わりだ。
返却する物品の中には名刺も含まれているが、私は退職する人の名刺をこっそり1枚抜いて青いファイルに閉まっている。
うちの部署は、先月に1人、今月に2人退職というラッシュが続いている。
そして今日は2人退職予定のうちの一人であるFくんの最終出勤日だった。
私は今日は朝オフィスに出社したあとすぐに車を出して1日外勤務の予定だったので、物品の確認はマネージャーにお願いしていた。
朝はいつも通りに朝礼をして、私は荷物を持ってオフィスを出た。
エレベーターを待っていると、Fくんが追いかけてきて「少し話せませんか」と言ってきたのでエレベーターは見送って話すことにした。
Fくんは24歳でまだまだ若いが、些細なことで苛立つ気が短いタイプだった。
採用するかどうかの意向をマネージャーから聞かれた時、私は反対した。
志望動機の文章等を読んだ印象ではあったが、Fくんはこだわりが強く、対人は好まないタイプに思えて、正直向いてないんじゃないかなと思ったからだ。
万年人不足の弊社ではあるが、私はどれだけ人不足でもミスマッチが起こりそうな人は採らないというポリシーを持っている。
どんな仕事でもそうだとは思うが、1人前にするには時間がかかる。
新人もベテランも、双方時間を投資して育てるのだから、すぐ辞められるとお互いが不幸になる気がしている。
だからこそ、ミスマッチは採りたくないというのが私の考え方だ。
話を戻そう。
Fくんのやめる理由は「ミスマッチ」だがあくまでこれは建前だ。
詳しくは書かないが、私は「Fくんは会社に潰された」と思っている。
私を呼び止めたFくんは一生懸命言葉を選んで話してくれた。
「仕事とか人間を舐めていた自分に気づけたから、この半年間は無駄じゃなくてありがたい経験でした。ご指導いただきありがとうございました」
入社直後は生意気だったFくん。
口を開けば文句ばかりだったFくん。
独断で勝手に決めて大きな失敗をして、はじめて反省した日のFくん。
少しずつFくんが変わっていくところを見守り続けた時間を思い出して、少し胸に迫るものがあった。
私は、退勤までに名刺を私のデスクに1枚残してほしいことだけ伝えてエレベーターに乗った。
Fくんは、エレベーターの扉が閉まるまで礼をしていた。
青いファイルにしまわれた、たくさんの名刺。
見送ってきた人の数。
先輩もいれば、後輩もいる。
私が育ててきた後輩の名刺がまた1枚増える。
私が守れなかった人の数が、私の後悔の数がまたひとつ増えていく。
誰もいないオフィスに戻り、Fくんの名刺を青いファイルにしまった。
ほんの少しだけ、涙が出そうになった。
Fくんのこれからに幸あれ。