風中の縁5

巴雅爾(はがじ)と伊珠(いしゅ) 2


九爺は持参した書物の紐を解いた

手持ち無沙汰の莘月は周りを見回す

目に留まったのは刺繍道具

九爺様 これは。。。

ああ 君が以前刺繍を初めていた折、私が香り袋を作ってほしいと

言ったことを憶えているかい 

もし よければ作ってくれないだろうか

私は器用な方ではないので

君の手作りが欲しいのだよ 頼む 

出来上がりを笑わないでくれますか 九爺様は器用なのですから

ふふふ 思いのまま仕上げてくれればいい この世で唯一無二だからね

お湯の沸く音が静寂の中で響く室内

男は書を読み、女はたどたどしく針を布におとす

莘月飽きはしないかい 君は身体を動かす方が得意であろう

私に付き合うことは無いのだよ ここなら外も害がないだろう

散策に行ってもいいのだよ

九爺が莘月に声をかけた

では九爺様もご一緒に行きましょう

。。。莘月 ここにいる間は呼び名を替えよう

君を伊珠 、私は巴雅爾

それはあの曲のふたり名では

そう ここは都でも 砂漠でもない だったら別の人生を暮らそう

伊珠 車椅子を押しておくれ

はい 巴雅爾様

ははは 巴雅爾と呼んでおくれ あの曲のふたりの様にね

なんの縛りもない心のまま生きられる 全てが自由なんだ

いいと思わないか伊珠

ええ そうね

ここでふたりの出会いから始めないか

一目で恋に落ちて 結ばれて あの青い衣装を君が身に纏い

私に嫁ぐのだ

そうしてあの曲の最後のように結ばれる

。。。

伊珠  黙ってしまわないでほしい

一度でいい情けをかけてほしい

巴雅爾は伊珠の手を引き食い入るように眸を見つめた

その情けがあれば残りの生を全う出来そうな気がする

でも、無忌が。。

ここにいるのは莘月でも九爺でもない

まして 衛無忌はいないのだよ

いるのは巴雅爾と伊珠だけだよ






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