巴雅爾は寝台に移り伊珠を招き入れた 伊珠が床に横たわると顔を覆うベールを外した 重なる唇 巴雅爾の吐息が伊珠の首筋にかかる 床に滑り落ちる蒼い衣 巴雅爾の白い腕が伊珠の体を抱きしめる あのひとの 無忌の猛々しい愛し方とは違う 優しく包み込む様な愛し方 ひとつひとつ記憶に留めようとするように丁寧な愛撫をする巴雅爾 (巴雅爾、あなたが私を拒絶しないで受け入れてくれていたなら あなたから離れることはなかったのに.. 動の衛無忌と静のあなた あなたが昏睡して目覚め
家に戻ると巴雅爾に茶を入れ、さっそく寝台の脇にある木箱を開けてみた 中には蒼いあの巴雅爾に貰った衣に似た民族衣装があった 巴雅爾、これは。。 そうだよ 私達が出会った時のあの花嫁衣装だよ それを着た君を見られなかった、今 見せてくれないか その姿を目に焼き付けたいんだ 伊珠はうなづき 衣装を持って着替えに行った 巴雅爾 どうかしら 巴雅爾が伊珠の声に振り向くと蒼い衣装の伊珠が立っていた 綺麗だよ 好く似合う 巴雅爾はそう言うと長い間伊珠を見つめ続けた
草原を吹き抜ける風 ふたりの頬を優しい風が撫ぜて行く 巴雅爾 私はあなたから拒まれて 砂漠に逃げた時 傷心の私をあのひとが 包み込んでくれたの 初めは友だった 好意は気づいていたけれどあなたしか見えなかったの それでも櫂花の薫りを嗅ぐとあのひとを想い切なくなったわ いくら拒絶しても諦めず現れるあの人 あの人を受け入れた そして嫁ぐと決めた 伊珠 あの者の妻にはなれないのだよ あの者は皇帝の甥 君は庶民に過ぎないのだから そうね 望めはしないわね
九爺は持参した書物の紐を解いた 手持ち無沙汰の莘月は周りを見回す 目に留まったのは刺繍道具 九爺様 これは。。。 ああ 君が以前刺繍を初めていた折、私が香り袋を作ってほしいと 言ったことを憶えているかい もし よければ作ってくれないだろうか 私は器用な方ではないので 君の手作りが欲しいのだよ 頼む 出来上がりを笑わないでくれますか 九爺様は器用なのですから ふふふ 思いのまま仕上げてくれればいい この世で唯一無二だからね お湯の沸く音が静寂の中で響く
都と砂漠の中ほど、商隊も立ち寄らぬ草原にその家はあった 近くの間道まで供を連れ九爺は莘月と出掛けて来た 道外れで供に指示を出し愛用の車椅子を莘月に押させその家に着いた 九爺様 ここは。。 私の隠れ家だよ 砂漠のことで考えをまとめる時に使うのだよ 九爺は肩越しに車椅子を押す莘月の手を軽く叩いた さあ 中に入ろう 車椅子の出入りがしやすい扉を開け 家に入った 左程広くはないが居心地のよさそうな室内 食べ物は揃っているはずだよ 当面は不自由なく暮らせる 茶を入
はあああ 退屈だあ 大きく欠伸をすると月下狐仙は杖を落とした 彦佑は笑いながら杖を拾う だったら 天界へお帰りになればよいのに 天帝も随分変わったそうですよ また赤い糸で縁を繋いでは ふううむ この花界は平穏で美しい、だが私の心を湧き立てるものが無い だからといって すんなり天界へ戻るのも気が進まぬ ではご自由に 私はちょっと出掛けて来ます故 何処に行くのだ 錦覓のところへ なに?旭鳳のところへか? 彦佑殿 丁度 茶を運んできた連翹が口をはさんだ 錦
錦覓 君に初めて逢ったのは旭鳳が先だった 変わった娘 それが初めての印象だった 私の本来の姿を目にしても変わらぬ微笑みを返してくれた 君を我が策の駒として近づいた でも 心が少しづつ変わり始めた 無邪気な君 危なげで手を差し伸べたくなる君 いつしか 愛しく想う女(ひと)になった 天帝と天后の嫡男である弟 旭鳳 すべてを持つ者 君の心までいとも簡単に手中にした 何事にも関心を持たぬ私に芽生えた嫉妬 憎悪 悩み 悲しみ 君と旭鳳の情事を、魔獣が吐いた夢境で見てし
夜華が逝ってから早2年 夢の中でしか逢えない貴方 寝ている時が貴方に逢える至福の時 私は日々を寝て過ごした 師匠はそんな私を心配されたのだろう 桃の花を替え 茶を差し上げ 着替えを手伝う そんな日々を送ったある日 師匠は珍しく雪見酒を所望された 司音 弟子たちは下がらせた 深酒してもよいぞ 師匠... 盃に折顔の造った美酒を注いだ 師匠が呑まれるのはお珍しいですね うむっ 黒淵は盃の酒を一気に呑みほした 司音 以前に何故そなたを弟子にしたか尋ねた時
白浅のもとに迷谷が来た 白浅様 黒淵上神から文が届きました 師匠から 白浅は文を受け取ると目を通した 迷谷 師匠が崑崙虚に来るようにと言ってきたわ すぐ行くから兄上や折顔が来たら言っておいて はい 白浅様 白浅は崑崙虚へ飛んだ 懐かしい修行の地 もう2年以上も訪れていなかった 出迎えてくれた兄弟子に師匠への取次を頼むとすぐさま師匠のもとへ案内してくれた 座して白浅を見つめる黒淵 師匠 ご無沙汰しております 17弟子司音参りました 息災であったか
私が四海八荒の主だった頃からもう永い時が流れた 統治を今の天君に譲り 天族の尊神と呼ばれている 俗世に関わらず 後宮も持たないでいままで生きてきた そんな私に子ぎつねが纏わりつく 擦り寄り 啼き 笑い 拗ねる 幾ら邪険にしても私の懐に入り込もうとする 四海八荒の為 どことも繋がることを断ってきた 弱みを作らぬよう三生石から我が名を削り 男女の縁を結べぬようにした そなたとは縁はない 近づくなと何度言ったことか それでも子きつねは傍を離れようとはしない そん
我を待て あの若水の戦いで生贄となる寸前 私は司音にそう言って逝った あれから7万年 飛び散った元神を再び固める為に費やした時 暗い狐狸洞で目覚めるとおなごの姿の司音がいた 男装のそなたが如何に姿を変えようと私にはすぐに司音だとわかった だが 時の流れとは恐ろしいもの そなたには許嫁がいた 私の弟 夜華 私は黙ってそなたの話を聞くしかなかった 私の17番目の弟子 司音神君 他の弟子たちが知らない 我らの秘密 兄弟同様に育った折顔上神は何故そなたを私の弟