タイミング
おそろしいほど、いや、泣けるほど疲弊していた。疲弊しているのでなにもしたくない。のではなく、ものすごく身体をこなごなにして欲しかった。
ダメ元でメールをする。
『あいたい』
さらっとみじかめに。『めしくう』みたいな軽いのりで。午後の6時半。彼からはすぐ連絡がきた。いつもなら2日おいてから連絡が来るし、けれどその前に月に一度だけしかあわない。そんな約束をしたおぼえもあった。大した約束ではない。閻魔様に舌を抜かれるとかそんな大げさなものじゃない。あまり執拗にならないための自分なりの自制だった。
『今からでもいい』と。返事が来てびっくりする。
『待ってる』その後ややしてから彼がきた。午後7時前。おもてはまだ昼間とは違う憂いをおびた明るさを保っている。チャイムが鳴ってドアを開ける。
「あいてたのに」
ドアを開けたとき彼は横を向いていた。夕方の空を眺めていたようだ。
「どうしたの? なにかあるの?」
あたしだけが喋っている形になる。
「あいてたんだ。そっか。あ、夕焼けが綺麗だな〜って。見てた」
彼はあたしの質問めいたことにいちいちこたえた。そう。つぶやき、夕日に向けた顔がひどくかっこよくすぐにでも抱きつきたい衝動にかられた。
「会社から出たところだった。だからタイミングがよかったよ。帰ったら家から出れない」
部屋の中はまだ薄明るい。電気を灯そうと立ちあがたけれど彼が、あ、おかまいなく。と、そんなことを口にしたので、ポカリ飲む? と全く違うことをいいながらポカリを取りに行った。
「くらいな」
でしょ? だから電気をつけようと今リモコンを探していたの。と、喉の入り口まで出かかったけれど、なあ、と、抱き寄せられてあたしの髪の毛をぐいっと引っ張った。
痛さが痛みじゃなくむしろ快感だと思う。もっと。あたしと彼はふたたびまるで高校生の性急な若者のようシャワーもしてないのに絡みあった。彼からは清潔な匂いがした。家庭の柔軟剤の匂い。レノア?
強引なおんなの扱いをするおとこだ。けれど出会ったときは全く違った。徐々にSっぷりを引き出したのはあたしだ。
彼はあたしの巧妙で熟練のフェ◯でイキそうになり
「あ、だめだ。上に乗れ」
決壊が近いことに焦ったのかあたしの腕を掴んで上に乗せた。首をしめる。苦しさの中それでもあたしは歓喜の声音をはいていた。上から突き上げる。子宮が破裂してしまいそう。あたしの全てが震えていた。
何度目かの抽送で彼は果てた。呼吸は乱れスーツも乱れシーツも髪の毛も心も身体も全てがおもしろいほどに乱れていた。
「まっくら」
おもてはすでに闇に包まれていた。星がチカチカとダイアモンドのよう神々しく光を放っている。アパートの駐車場の電灯が部屋の中に入ってくる。
「今日さ、」
やっと呼吸が整ってきたところで彼が声をだす。小さな声音。
「なあに?」暗くて顔の表情が把握できない。声だけが宙に浮いている。
えっと〜、彼は何度か、えっと〜、ん〜、を繰り返したあと、意を決したように
「舐められた瞬間に出そうになったし」
そう言い淀んでからあたしの背中を触った。
「え? そうなの?」
顔の表情が見えなくてよかったよ。くらいなひまわりの笑顔でゆかいそうに語尾をあげる。
「こんなの初めてかもしれない」
彼はまるで若造のように付け足した。
「うれしい」
素直に認め彼にまた抱きつく。うれしいわ。ほんとうに。
「うまい? あたし」
「うん。うまい」
へへへ。あたしはテレ隠しのためにへへへ。と笑った。若造のように。
しかし。と、考える。
そんなことを赤裸々に褒められてもあまり嬉しくないかもしれない。
だってそれでは風俗嬢じゃん。あ、あたし風俗嬢だった。と自分で突っ込む。心の中で大笑いをしながら。
「うれしい」
けれど何度もうれしいとアホみたいに繰り返した。彼は、まあまあ、と呆れた声を出しながら帰り仕度を開始した。
会えると思うとうれしくて実際会うとさらにうれしくてけれど別れのとき、次いつ会えるのかという不安に押しつぶされそうになって彼の姿が見えなくなったあと。残された部屋であたしの胸の中は急に冷たくなる。けれど彼が今まで座っていた場所はまだほんのりとあたたかくて、あ、今まで彼と一緒にいたんだなぁと改めて知ることになる。
まだ裸のまま電灯の心もとない明かりの中、パンツを探すあたしは間抜けだといつも思う。
好きになるに理屈などはない。たとえ身体だけを求め合っても。
いいのだ。いつかは死ぬのだから。