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深夜の町中華で齋藤飛鳥と相席になった件

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久保史緒里が異世界転移してきたあの事件から少し経った。

あんなこと起こるんだなと思えるような出来事だったけど、今となってはいい思い出である。


あれ以来、なんだかんだで史緒里や、あのとき色々助けてくれた美波とも仲良くなり、たまに三人でご飯を食べたりする仲になっていた。



史緒里「あー、明日6時起きじゃなければ〇〇の家にいったのにな~」



美波「あのね、アイドルなの忘れないでよ…? もうあっちの世界じゃないんだからね?」



〇〇「あははは…」



今日も三人でご飯を食べた帰り道、大通りでアプリで呼んだタクシーを待つまでガードレールに寄りかかり話をしていた。


なんだかんだであの奇妙な出来事は、三人の共通の話題として酒の肴にするにはもってこいの話題だった。


前まではただの一般人のファンだった〇〇からしたら、乃木坂46のメンバーとこうしてプライベートで会って食事をしているのがいまだに違和感がないといえば嘘になるが、楽しんでいる自分もいた。



やがて、タクシーが来て二人が乗り込むのを〇〇は一人見送る。


史緒里「じゃあね〇〇、またね~」


美波「おやすみー」


〇〇「おやすみ~、二人とも気を付けてね~」




二人の乗るタクシーが見えなくなるまで見送った〇〇は歩いて帰路に就く。


家までは歩いて30分ほどの距離。

酔い覚ましにはちょうどいいか。

明日は大学も午後からだし、バイトも夜から。


イヤホンをつけて、乃木坂の曲を流しながらのんびりと夜の街を歩いていくのだった。




もう日もまたぎ、人の姿もなければ道路を走る車の姿も時折見かけるタクシーの姿しか見なくなっていた。


明かりも街灯の灯りが等間隔に現れる程度で、家々の電気はすでに寝静まっていた。



そんな中、ぽうっと暖色の灯りが少し先に見える。

”中華料理 百楽”

いわゆる町中華の佇まいの店の看板が明るすぎない柔らかい光を纏っていた。



〇〇の家の近くにある深夜までやっている町中華。


住宅街のど真ん中にあるお店で、周りが寝静まる中でも一店舗だけ夜更かしするかのように静かに営業している不思議な店。


〇〇はこのお店の深夜営業の常連である。

よく飲んで帰るときに食べ足りなかったり、飲み足りなかったりすると、一人でこの町中華にふらふらと足が向いてしまうのだ。


そして

それは今日も例外ではなかった。



ガラガラガラ

暖簾をかきわけて年季の入った引き戸を開けると深夜には似つかわしくない音がした。


店主「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」


初老のぶっきらぼうな店主がカウンターの中から声をかけてくれる。

〇〇は会釈だけしてテーブル席に腰を下ろした。


店の中にはお客は誰もいない。

まあ、オフィス街や繁華街にある町中華であれば、深夜であろうがそれなりに客でにぎわうのであろうが、こんな住宅街のど真ん中、しかも平日の深夜にラーメンを食べる人なんて少ないのだろう。



〇〇「すいません、青菜炒めとビールください」


〇〇は、メニューをみることなく、いつもの調子でカウンターの中にいる店主に向かって注文をした。


”はいよ”とぶっきらぼうな返事が返ってくると、少しして〇〇のもとに瓶ビールとコップが置かれた。

一人で手酌でビールをコップに注ぎ、くいっと喉に流し込んだ。


先ほどまで飲んでいたが歩いたせいで酔いがさめかけた身体に、再びアルコールがしみこんでいく。




二口目を飲もうとコップを持ち上げた時だった。


ガラガラガラ


店のドアが開く音が聞こえた。

珍しいな。

こんな時間に自分以外の客なんて来るんだな。


〇〇は視線を入り口に向けないまま、そう思いながらもビールのはいったコップをゆっくりと持ち上げる。



??「あ、やっぱりいたいた」



しかも女性か


ビールを飲みながらそんなことを思っていると、

その女性が近づいてきている気配がした。


そして


飛鳥「やほ、〇〇」



不意に呼ばれた自分の名前。

驚いて顔を上げると、そこには見覚えのある顔、というか日本国民の多くが知っているであろう顔がそこにあった。


〇〇「斎藤…飛鳥……?」



目の前には、乃木坂46を牽引し、引退後も女優としても活躍している齋藤飛鳥が立っていた。



飛鳥「なに素っ頓狂な声だして。あ、すいませーん、私もビールください」



先ほどの〇〇と同じように、カウンターの中にいる店主に慣れた感じで注文をすると、飛鳥は〇〇の対面に当然のように座った。

”あいよ”
まるでデジャブのような店主の返事が聞こえたと思ったらすぐにビールが差し出され、飛鳥も手酌でビールをコップに注ぐ。


飛鳥「じゃ、乾杯」


〇〇「え、あ、か、かんぱい」


何が起こっているのかわからない〇〇は、飛鳥に言われるがままグラスを小さくカツンと交わした。



飛鳥「ん~、美味し」



飛鳥は何事もないかのように、ビールを飲むと気持ちよさそうに息を吐いた。



飛鳥「ん? どうした?」

飛鳥が不思議そうに見つめる〇〇の視線に気づいて問いかける。



〇〇「齋藤飛鳥さん…ですよね?」


飛鳥「なに急に、改まってw そうですけど?」


〇〇「元乃木坂46の」


飛鳥「は? 乃木坂46ってあのアイドルの?」


〇〇「はい…」


飛鳥「何言ってるの? 確かにファッションデザイナーとして一緒に仕事したことはあるけど、私が乃木坂46なんて、あんなキャピキャピしたことできないわよw」



〇〇「(これって、もしかして……)」



確信にも似た想像をし始めた〇〇だったが、タイミングよくか悪くか、〇〇が頼んだ青菜炒めを持った店主がやってきた。



飛鳥「ほんと、〇〇はこれ好きだよね」


そういいながら飛鳥はお箸をとり、遠慮なく〇〇が頼んだ青菜炒めをつまみ始めた。

飛鳥「ん、まあ美味しいことは認めるけど」



飛鳥は一口食べると満足そうに微笑みながらビールを流し込む。



飛鳥「これ以外ってなにか頼んだ?」


〇〇「いえ…頼んでないですけど」


飛鳥「じゃあ、いつものでいいよね?」


〇〇「え? いつもの?」


飛鳥「そう。すいませーん、蒸し鶏濃辛ソースとザーサイも追加で」


〇〇「え…なんで」

〇〇は驚いた。飛鳥が頼んだのは、いつも〇〇がここに来たときに頼む定番のセットだったからだ。


飛鳥「? あ、締めでラーメンも食べるでしょ?」


どうやらどこまでも知っているようだった。


結局それから追加で頼んだ料理が来て、締めでラーメンを注文した。

その間、〇〇と飛鳥は会話をしていたが、〇〇の知っている飛鳥とは違っているようだった。


目の前の齋藤飛鳥は、幼いころからファッションが好きで、念願かなってファッションデザイナーをしているらしい。

新進気鋭のファッションデザイナーとしてそれなりに忙しくしているらしく、乃木坂の衣装なども手掛けたことがあるのだとか。


この町中華には、家が近いらしくたまに残業で遅くなった時や飲んで帰る締めの一杯として立ち寄っているそう。


〇〇とは、ここで夜にだけ会う”常連仲間”というのが、目の前にいる齋藤飛鳥の認識のようだった。



飛鳥「っていうか、〇〇変なんだけど。なんで今更そんなこと聞いてくんの?」



ラーメンをすすりながら飛鳥が怪訝な雰囲気を少しだけ出しながら〇〇に訊ねる。



〇〇「いや、な、なんでもないですよ。ハハハ…」



飛鳥「ふーん…」


それからは会話もないままラーメンを食べた。


お互いが食べ終えて、一息ついたときだった。


飛鳥「んで、なに隠してんの?」


不意にテーブル越しに飛鳥がずいっと顔を近づけて〇〇に迫った。


〇〇「ッ///」


いきなりの飛鳥の綺麗な顔が目の前にきたものだから、おもわず〇〇に動揺が走る。

しかし、そんなことお構いなしに飛鳥は話をつづけた。


飛鳥「なんか今日の〇〇は変。まるで初対面みたい。なに隠してるの?」


〇〇「え、あ、えっと…ここじゃちょっと…」


そういいながら〇〇はチラッとカウンターの中にいる店主を見た。

さすがに、天下の齋藤飛鳥が異世界転移しているなんて話、誰かに聞かれるわけにはいかない。

たとえ現実味のない話から気にすることはないと思われるかもしれないが、リスクは極力避けなければならない。


〇〇の気持ちを察したのか、飛鳥はガタっと席を立った。


飛鳥「わかったわ。場所を変えましょう。おじさん、お勘定」


店主「まいど」


〇〇「あ、飛鳥さん、俺が払いますよ!」


飛鳥「学生には払わせないっていつも言ってるでしょ? やっぱりいつもと違うわね」


飛鳥はそういうとサッと会計を済ませると、荷物を手に店を出た。

〇〇も飛鳥を追いかけるように後を追う。



店の外では飛鳥が腕組みをして〇〇を待っていた。


飛鳥「さて、どこで話を聞こうかしら。人目がないところのほうがいいのよね?」


〇〇「できれば…」


飛鳥「なら、〇〇の家行きましょう」


〇〇「え!? 俺の家ですか!?」


飛鳥「私の家は散らかってるもの。それにいくら〇〇でも他人を家には上げたくないの。これも前に言ったでしょ」


〇〇「…わ、わかりました」



飛鳥に圧されるがまま、〇〇は周りに最大限の注意を払いながら家へと案内する。

異世界からきたから、飛鳥は変装なんてしていない。

誰がどう見ても”齋藤飛鳥”その人ですという感じで普通に道を歩いている。

〇〇の内心はドキドキだった。



それでも、なんとか家までたどり着いた二人は〇〇の家に入る。


飛鳥「お邪魔します」


〇〇「っていうか、いまさらながらいいんですかね? その、男の部屋に来ちゃって…」


飛鳥「ほんと今更ね。大丈夫よ〇〇だもん。それともなに? 私これから襲われちゃうの?」


〇〇「そんなことしません!!」


飛鳥「ふふ、でしょ? さぁ、はやく話して。〇〇の秘密」


〇〇「俺の秘密というか… とにかくこれ見てください」

〇〇はスマホで飛鳥のオフィシャルサイトのページを見せた。



飛鳥「…なにこれ?」


飛鳥は〇〇からスマホを奪い取るように受け取ると食い入るように画面を凝視する。


タップしたりスクロールしたり。

やがて動揺が見て取れた。



飛鳥「なにこれ? 私が乃木坂? あ、ありえない。だって私はファッションデザイナーで、芸能活動なんてしたこともないし」



〇〇「飛鳥さん、落ち着いて聞いてください。おそらくですけど、飛鳥さんは異世界転移しているとおもいます」



飛鳥「異世界転移? なにそれふざけてるの?」



〇〇「冗談みたいに聞こえるかもしれませんが、嘘じゃないんです。前にも別の乃木坂のメンバーが同じような状況になったことがあって…」



飛鳥「…それで、その子はどうなったの?」



〇〇「しばらくして元の世界に戻っていきました。でも、なんで戻れたのかはわからなくて。時が来たら帰っていったとしか…」



飛鳥「そう…」



飛鳥はそういうと考え込むようにかうつむいてしまった。

無理もない
いきなり異世界とか訳の分からないことを言われたら誰でもそうなる。

史緒里のときもそうだったが、こういうときなんと声をかけたらいいかわからなかった。


〇〇がなんとか言葉を探し出そうとしたその時だった。



飛鳥「よし! じゃあ、まずはこの世界の”齋藤飛鳥”のことを知らないとね」


いきなり気合をいれるかのように声を出した飛鳥はそう言いながら考え始めた。

あまりにはやい気持ちの切り替えに、思わず〇〇は驚いた。


〇〇「あ、飛鳥さん、大丈夫ですか? ショックとか、その、なんというか…」


飛鳥「まあ、ショックといえばショックだけど、仕方ないじゃない。時間が来たら帰れるんなら、それまでの間はこっちの世界の私に迷惑かけないように最低限のことはしないとね」


飛鳥は力強くそういった。

さすがというかなんというか。
”齋藤飛鳥”という人の強さを垣間見た気がした。



飛鳥「〇〇、確か乃木坂のファンだって言ってたわよね?」


〇〇「ええ、まあ…」


飛鳥「よし、じゃあさっそくいろいろ教えなさい」


〇〇「え、今からですか!?」


飛鳥「ちょうど〇〇の家にいるんだし、善は急げっていうでしょ」



それから〇〇は夜通しこっちの世界の”齋藤飛鳥”のことを目の前の飛鳥に教えていったのだった。






翌日

〇〇は飛鳥のことを史緒里と美波に連絡して、急いできてもらった。


史緒里「まさか、飛鳥さんまで異世界転移しちゃうとは」


美波「〇〇くん、まさかそういう超能力者とかじゃないわよね」


〇〇「そんなSFみたいなことできるか!!」


美波「現に目の前でSFみたいなことが起きてるじゃない!」


史緒里「ちょっと二人とも! 飛鳥さんの前だよ! すいません飛鳥さん」


〇〇&美波「「すいません…」」


飛鳥「ふふ、いいですよ。気にしないでください」


史緒里「あ。はじめまして?になるんですかね。乃木坂46の久保史緒里です。よろしくお願いします」

美波「おなじく、乃木坂46の梅澤美波です。よろしくお願いします」


飛鳥「いちおうあっちの世界でお仕事でお二人にお会いしたことはあるのですけど、こちらでは初対面ですね。ファッションデザイナーをさせていただいている齋藤飛鳥です。よろしくお願いします」



飛鳥は自己紹介を終えると、社会人らしく丁寧に深々と頭を下げた。


美波「なんか、丁寧な飛鳥さんってすごい違和感…w」


史緒里「同じく…w」



〇〇「こっちの飛鳥さんってどんななんだよw」



二人のフォローもあって、飛鳥はこっちの世界でも難なくこなしていった。

むしろ、芸能界というファッションの最前線のような世界で、勉強ができていいインスピレーションが湧くと嬉々としていたくらいだ。




しばらくして

飛鳥は無事に向こうの世界に戻っていった。



史緒里や美波から、飛鳥が元に戻ったと連絡があって一安心した。




その日の夜

なんだか自然とあの町中華に足が向かった。


あの日と同じく人通りのない街を進むと、次第に遠くのほうにあの店の灯りがボワッと漏れているのが見えた。


しかし、あの日と違うのが一つだけ。


店の前に人影が見える。

下町の住宅街には似つかわしくないオシャレな格好。


それが誰なのか、〇〇にはすぐにわかった。



〇〇「飛鳥さん」



〇〇がつぶやくように言った声も、静かな夜の街の中ではしっかりとたたずむ彼女に届いたようで、ゆっくりと〇〇のほうを振り向くと、飛鳥は微笑みかけながら近寄ってきた。



飛鳥「久しぶり。そして、はじめまして〇〇」



”飛鳥”との再会
そしてこちらの”齋藤飛鳥”との初めての出逢い。


初対面だけど、懐かしいお互いの話にしばし花を咲かせるのだった。

真夜中の町中華で二人だけで。








つづく

※この物語はフィクションです。
※実在する人物とは一切関係ございません。

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