
世界最良の時【自動記述20250106】
午後11時26分
水の流れは山々の木立の根本へ染み込んで、
それから沢をくだって川となって海へ注いだ。
水の流れは沢を登って川となって土へ染み込んで、
それから山々の木立へ登っていった。
眠気が醸成する極彩色の空が私を常に酩酊に誘った。
ここで言うところの私とは観念的な私であって本当の私、
つまり今こうしてものを書いている私ではないらしかった。
それから信号機が、
赤青黄色からさらに色を増やして、
40色を超えたあたりから人々はルールを守ることを辞めた。
積極的に、確固たる思想を以て辞めたのではなく、
やむを得ず、現実的ではないから辞めたのだった。
そうして辞められた社会は無放棄と化して、
あらゆる都市の高層ビルには見知らぬ顔が溢れ出したし、
あらゆるオフィスのPCの前にも見知らぬ顔が溢れ出したし、
あらゆる飲食店の店員は信用ならないものと化して、
接客態度は約束されたものではなくなった。
それから人々の幸福度が明らかに、
爆発的に向上した。
幸せなのだった、
皆が。
幸せな空気のなかで、
人々は自由に自らの役柄をとっかえひっかえして遊んだ。
遊ぶことが、
遊ぶことだけがこの世で生きる意味であり、
意義であった。
そうして世界はゆるやかに崩壊していき、
そうした崩壊の気配というのは人々に確かに実感された。
それでも人々は楽しんだ、
崩壊を食い止めようなどとは思わなかった、
崩壊そのものがわれわれに定められたものであり、
むしろ崩壊そのものが、
われわれの享受すべき最も甘美な果実であることを、
一人残らず悟っていたのだった。
そうして世界は構築されるべきもの、
未来へ受け渡すもの、
より輝かしきものとして磨き上げるもの、
としての性質をまるごと剥奪され、
味わわれるべきもの、
蕩尽されるべきもの、
ただ消費され捨てられるべきものとして人々に受け入れられたのだった。
純粋に、受け入れられたのだった。
人は子を産み、
生まれた子は世界を蕩尽していった。
すべての人は過去を振り返ることをしなくなった。
未来を憂うことをしなくなった。
そうして人々は世界をただただ遊ぶものとして通り抜けていった。
通り抜けた先の無へ、
遙かに飛び出すための、
長い長い助走を、
それ自体を楽しむ者として生きた。
神など必要なかった、
なぜなら各々が各々における神だったから。
そうして建物が朽ち、
都市が朽ち、
生き物が朽ちていった。
朽ちていくほどに人々はある種のゾーンへ入っていった。
楽しいのだった、ものみなが朽ちてゆくことが。
そうして自らが無への助走を走り抜けてゆくことの、
その実感が。
そうして人々は己の生を燃やし尽くして死んでいくのだった。
それはこの世が夢見て、
まさか実現するとは思われなかった、
奇跡のようなありようだった。
そうして人は一人また一人とこの世を駆け抜けて無と化した。
無を生むだけの世界が輝いた。
輝いて、
輝いて、
その光輝が宇宙のすべてを飲み干すまで光を増した世界は、
やがて無窮の輝きのなかに飲まれて消えた。
そうして消えた輝きが無にあり、
そうして消えた輝きがふたたび世界を生むだろう。
そうして人は一端忘却し、
そうして人はまた気づくことだろう。
世界の最良のときを味わうことができる人の数は、
残念ながら限られている。
午後11時41分