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瞼に森を飼う【自動記述20250125】
午後11時18分
明日に無いものを今日に用意する日々。
それから猛禽類が空から狙うもの。
オレンジ色の毛玉が坂を転がって崖から落ちるとき、
虹色の日光が壁面を照らした。
水車が回る、
そして穀物がすりつぶされる。
飛ぶ者。
シダ類。
明日の不安を器に入れてフタをする。
それからそれを地下室へ運んで、
薄暗がりに放置する。
星々は流れることを始めたようだった。
昼の光のなかでもわかるほどの鮮烈な光を発して、
星々は流れることを始めたようだった。
爽快感だけが残されて、
ものの影が失われたようだった。
だから光だけが世界に溢れ、
そのなかをわれわれは暮らした。
自分の瞼だけがかろうじて光を減じる役割をなした。
手のひらはもうすでに透けていた。
魚が地面を跳ねまわる音を聞きながら、
河川敷でサンドウィッチをほおばる子どもたちは、
世界で最後の子どもたちとなり、
やがて世界で最後の大人たちとなり、
だからやがて世界で最後の老人となり、
そうして世界で最後の一人となるだろう。
宇宙に本当に暗いところなどない。
知っていただろうか?
夜の森のほうが宇宙の果てよりもずっと
暗いということを。
だから私は瞼に夜の森を飼うことにしたのだった。
すべてを遮る真の闇を貯えた、
あの絶対的な漆黒を。
夜の森の闇を。
コンビニに行ってカップ麺を買ってきて食べる日々に飽いたら、
コンビニに行ってポテチを買ってきて食べる日々に移行して、
それでも飽いたらコンビニに行ってチョコ系スナックを
買ってきて食べる日々に移行して、
そんなことを繰り返しているうちに身の周りの人々は
人の姿を逸しはじめた。
細長い何かと成り果てた友人は、
道端の側溝に身を横たえて汚い排水で
永久に身体を洗った。
電柱と電線の関係。
柱時計が打つ鐘の音が広い家にこだまして、
誰もいない家で時を告げる毎日。
夕焼けから流れ出る半熟卵の黄身のようなどろどろした液体に
絡めとられて死んでいった見も知らない大勢の人々。
鳥は空を飛んでおり、
それらは黒い点と化してはるか高空へ消え去った。
何もかもが失われていくような気がして、
とりあえず紐でつないでおこうかと殊勝な気を起こして
縫い糸と縫い針を用意したのはいいのだが表へ出てみて
やる気をなくした。
もはや縫い留めることの叶わない現実を見てやる気をなくした。
寝る。
死ぬ。
歩く。
そんな選択肢しか自分には残されていないような気がして、
さしあたり歩くことにしたのはよいものの、
どこへ向かって歩けばよいのかまるでわからなかった。
あてどのない歩みというのならそれでもよい。
しかしあてどのない歩みを歩むにしては出来事が起こりすぎていたし、
無視できないことが多すぎた。
かといって何かをあてにした歩みを歩むには
何もかもがわからなすぎた。
だから中途半端な歩みを続けざるをえなかった。
そうした浮ついた歩みのなかでだから、
寝る。
死ぬ。
という選択肢がたびたびちらついたのだがどちらも留意しつつ。
星々が瞬くのは、
瞬く星々とは、
自らの記憶の投影であると自戒して、
現実を歩むことに専念した。
両脇が森。
森に蓄えられた真の闇。
それらは自分の瞼の闇と呼応して、
瞳の黒目に次第に染みていった。
頭のつむじに線のように細く
凝縮した光線が常に当たっているような
不愉快を感じながら、
それでもこの瞼だけは自分の武器であり、
言ってしまうとそれこそ自分だった。
歩いた。
坂もあった。
下りもあったし上りもあった。
気づいてはいた、
同じところを巡っているのだということに。
しかし厳密には、
同じ道などありえない。
今この時そこを歩くという点において、
決定的に異なっているのだから。
決定的に異なる道を、
だから自分は歩まざるをえないのだった、
どうあっても。
それから空に向かって階段が伸びている妄想が頭に生じ、
それが現に見えもしたのだが、
触れるのは辞めておいた。
やがて訪れた夜は、
だから自分の瞼が、
森の闇を吸い込んで醸成された真の闇が自分にもたらした
眠るための夜なのだろう。
道の真んなかで横たわって瞼を閉じると、
永久に暖かな
闇が訪れた。
午後11時37分