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ショッピングモール【自動記述20250118】

 午後10時7分

 地に足の付いていない巨大ショッピングモールのなかを
 経めぐる夢をよく見る。

 何度も繰り返し。
 日をまたいでまた。
 夏に、
 冬に、
 秋に、
 春に。

 そうして見た夢の断片が
 夢の緩衝地帯で勝手につなぎ合わされて、
 ひと繋ぎの長い夢となった。
 ひと繋ぎの長い夢はもう現実だった。

 ひと繋ぎの長い夢はリアリティを簒奪して、
 これまで現実と思われてきたほうの世界の
 現実味を薄れさせていった。

 そうして私は地に足の付いていない巨大ショッピングモールに存在する
 私を発見したのだった。

 膨大な室内に、
 まばらに存在する人々もまた自分と同じように、
 かつて現実だった現実の現実性を簒奪された結果として
 この世界に囚われた人々なのかもしれない。

 そう思って見廻してみても、
 特段困り顔が見当たらないということは、
 あるいは彼らはこの世界を構成する夢の、
 だから現実の一コマにすぎないのかもしれない。

 そんなことを私は中央の、
 棕櫚の木の生える円形のベンチに腰掛けて、
 それらしくアゴをいじりながら考えていたのだった。

 さてこれからどうするべきか。

 そんなことを思慮深げに考えて、
 考えて、
 いくら考えても始まらない。

 ショッピングモールなのでショッピングにいそしむのが
 正当な時の過ごしかたというもので、
 だから私は立ち上がって辺りを歩き始めた。

 歩き始めると、
 自分の歩速が意想外に早いことに驚く。

 というよりも歩いているという感じがせず、
 足の裏が地についているような感じがせず、
 中空をすーっと飛ぶように移動しているような感じがする。

 自分の意志が自分の身体を操っているような浮ついた印象で
 現実味が欠けている。

 自分の意志は自分でどうにかなるものではないらしく、
 巨大なショッピングモールのどこの店舗に入ることもなく、
 ただただ中央の通路を滑るように飛んでゆく。

 そうしていつしかバックヤードのようなところに入り込み、
 従業員しか知ることを許されない隘路をこれもまた
 滑るように飛んでゆく。

 やがて唐突に現われるチェーン店風の中華料理店、
 そして青空に浮かぶ白雲を一望できるおしゃれなイタリアンレストラン。

 そこから左に逸れて通路をゆくと駅の気配が近づいてくる。
 近づいてくるだけで一向に駅らしきものは現れず、
 やがて船の甲板を思わせる広い空間に出る。

 地に足の付いていないだけあって、
 そこからの眺めは青い空と白い雲のほか、
 地を感じさせるものがなにもない。
 駐輪場がある、
 そしてふたたび室内へ入る。
 そこから先は、
 どこも似通ったようでいて、
 どこへ立ったとしても微妙に異なる風景を見せる光景が、
 通路の向こうまで延々続いている。

 吹き抜けになった天井を見上げてみるが、
 合わせ鏡を見るようで天井というものがない。

 下を眺めても同様で、
 あるいはここから身を投げたら死しても身体が風化するまで
 永久の落下に身を削ることになりそうだった。

 それからすべもなく室内を経めぐるのだが、
 何となく嘘臭くなってきて床に寝そべってみたり、
 全裸になってみたり、
 恥ずかしくなってまた服を着たり、
 ぴょんぴょん飛び跳ねてみたり、
 無意味に叫んでみたり、
 放尿してみたり、
 店の商品を勝手に開封して食べたりぶちまけたりしてみたり、
 無感情に店員の胸倉をつかんでみたり、
 ぶつぶつ独り言を言ってみたり、
 色々してみたのだがどれもこれもすぐに新味を失って飽くのだった。

 それから私は、
 このショッピングモールに閉じ込められている私を発見して
 慄然とした。
 慄然としてみた。

 それも飽いたとき、
 舌を噛む、
 という着想がふと浮かんだのだがそれほどの衝動がないことを発見して、
 また慄然とした。

 牢獄、
 という言葉がふと浮かんだ。

 それから私は、
 また歩き始めた。
 歩き始めて、
 店舗で服を見繕ったり、
 書店で本を読んだり、
 フードコートで人の食事をそれとなく奪って食べたりしながら、
 今後の未来に思いをはせた。

 すると脳内で未来の光景が、
 吹き抜けの合わせ鏡のような光景とダブって、
 バグって、
 眩暈がして、
 そうして目覚めてみると見知った、しかし新鮮に思われる天井の
 板張りが見えたのだった。

 それから私はこれを書こうとして、
 現にこうして書いたのだった。

 午後10時24分

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