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saudade【自動記述20241209】

午後11時44分

 この期に及んでまだ帰りたいと言っているのがわからない。

 自分の話なのだそれは。

 何もかもが錯綜して、もう後戻りできないであろうことは目に見えているのに。

 バームクーヘンの穴のなかに身体を潜り込ませるくらい困難なことはこの世にいくらでもある。

 カエルが蛇口の上で休んでいたところを目にしただけで発狂した男は、カエルが嫌いというわけでもなかったし、トラウマがあるというわけでもなかった。

 それでも夏の日差しというものは一抹の狂気を孕んでおり、夏の暑い風にあてられた人のなかには四肢を失うものもいる。

 冬の冷たさは人を冷静に、怜悧にさせる一方で、夏の暑さは人を茫洋に誘う。

 地球規模で見たときに、それぞれの国々の発展の度合いや歴史的背景を知ればそんなことは誰にでもわかるだろう。

 だから暑さも寒さもない世界に行きたいのだとあなたは言った。
 しかし、暑さも寒さもないというのは果たしてどういう状態だろう。
 ちょうどよいということなのか? 

 ちょうどよいと言っても温度感だけはあるわけで、それを暑さか寒さのどちらかに割り振ることはできそうなもの。

 そう言ってみると温度がまったくない状態というのが、あなたの目指す「暑さも寒さもない」に近いような気がするが、それこそどういうことなのかいよいよわからなくなってくる。

 盲目の世界を想像することは、視界が常に黒い世界を想像することと等しいのか? 

 そうでないのなら盲目の世界とは見えない世界なのではなく、可視的世界とは単純に異なる世界を想像することにも等しいのではないか。

 ということを総合すると、あなたが目指す世界とはこことは全く異なる、そしてこことはまったく似ていない、何か別の世界、ということになりそうなもので、足掛かりというものがない。
 橋渡すこともできないだろう。

 橋渡すこともできないような世界へ行くことを望んでみたところで、それは果たして望んでいると、語の正しい意味において言えることだろうか? 

 ともあれ蟻の這うこの部屋の片隅から拭い去ることのできない闇を排除するには、家ごと壊すしかないという点では意見の一致を診ている。

 だからわれわれのこの生活も、早急に壊さなければならないのだろうことについても意見の一致を診ている。

 懸念すべきは心の在りようの問題であり、とりあえず各々の心というものを取り出してお互い交換してから、各々が各々の記憶を丹念にピンセットで摘まみだして選り分けてブリキの缶に詰め込むことから始めている。

 始めているのではあるがこんなことはきりがないというのもお互い自認するところであって、作業を終えるまでともに居たらそれこそ寿命が尽きるまでかかりそうな気配がある。

 いっそこんな馬鹿げた行為は放擲して、取り出した心などというものそのものを凪いだ海原へ遺棄しに行って、それから何もない地平で、何もない人間として、ふたたび始めればよいのではないかと思ったりもするのだが、そんなことは口に出さないし、恐らくあなたも口に出さないのだろう。

午後11時57分

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