さかしま【自動記述20250115】
午後11時8分
カエルが側溝へ飛び込んだ。
それを見た者がいた。
そこからすべてが始まったのだった。
朝顔が朝に花を開かなかったことから異変は決定的なものとなり、
起きるはずの人がまるごと起きずに永い眠りに就いた。
起きるはずのない人が起きて
久々の外の空気を吸ったとき、
外の空気ははじめて
新鮮なものとして
世界に現れた。
そして甘受された。
固有名を付することはなぜ、はばかられるのだろう?
それは世界を何か不当な色で着色するように感じられるからだろうか。
仮にAと呼ぶとして、
Aは目覚めたとき自らの身体をベッドのなかに発見し、
それから病院のなかに発見した。
すべてが寝静まった病室のなかで
自分だけが立ち上がって歩いているその状況は夢のように思われたが、
エレベーターで一階まで降りてエントランスから外へ出てみると
それが現実だと改めて実感された。
そうして起きるはずのないAは目を覚まし、
誰もいない世界をただ歩いた。
ただ歩くことで世界を回し、
星を巡らせた。
どこかに誰かいないのか、
探したもののいなかった。
それはつまりA以外の周囲の人間の誰もが起きるはずの人であり、
だから今は起きていないということを意味していたのだった。
Aは、自らが未だに何らかの病気に掛かっていることを自覚していた。
それも、どうあっても治癒しがたい病気に。
それからAは手近の木に登り、
あたりを見渡した。
ビルとビルとの間に太陽のものではない
何らかの光が見えたので
そちらへ向かうことにした。
そうして光を目指して行く過程で
視界が暗転し、
ものみながくらやみに包まれたのだった。
それからカエルが側溝に飛び込んだ。
それを見た者がいた。
木立は雪にしなり、
時折音をたてて軋んだ。
冬の冴えた空気のなかで凝結した水分がきらきら太陽に照らされて
宝石のように輝いた。
狐が新雪に足跡をつけてゆく。
それから川が、
湯気をたてて流れてゆく。
誰も存在を許されないような白い雪が地を覆い、
誰の存在も許さないほどの寒さがあたりを吹きわたった。
点在する家々には人がおり、
人は動くということがなく氷の像のように静止していた。
煙突からのぼる煙さえ凝固して
空の模様の一つと化していた。
セミが鳴いた。
なぜかはわからない。
セミは冬を象徴するように鳴いたのだった。
分厚く雪の積もる地面から這い出して、
凍えて氷のまとわりついた木々を登って、
羽化して、
それから一斉に鳴いたのだった。
地が揺れた、
地震とは違った。
細かく、
震えるように、
身じろぎするように地が揺れた。
それから世界は服を脱ぐようにものごとを脱ぎ捨てて、
一つのつるっとしたプラスチックの球になった。
その上には人はおろか、
ホコリの一つもなかった。
午後11時21分