コミケで丸いぼざろ本を作った話
この記事は「UT Doujin Advent Calendar 2023」および「東京大学きらら同好会 Advent Calendar 2023」23日目のものです。
前日の記事はバーターさんによる「KORAIL一般列車停車駅ほぼ全駅下車の旅』ができるまで」。私も韓国巡検に備えてこの本を以前買ったのですが、めちゃくちゃ面白いのでぜひおすすめしたい一冊です…!
本記事では弊サークルの特殊装丁同人誌「光波標識」が生まれるまでの過程をデザイン担当の視点から振り返りつつ、
(同人活動を始めようとしている各位には)
このようにして同人誌は作られています
(同人活動をされている各位には)
みなさんも変な本を作りましょう
ということをお伝えすることを目標としていきたいと思います。
みなさまにおかれましては、この記事を読み終わる前にぜひ変な本を作り始めていただけれると嬉しい限りです。
光波標識
「光波標識」とは弊サークル「青葉小路」が2023年8月のC102で出した、「ぼっち・ざ・ろっく!」の二次創作同人誌です。
SS・エッセイ・イラスト・写真・デザインの各分野の計7人で「ぼっち・ざ・ろっく!」の各キャラクターおよびその舞台である下北沢の街を描きました。
この本の主な特徴はレコード版を模した円形の形状、そしてページをめくるごとに本全体を回転しながら読むという動作。レコード盤面の溝を模した凹凸がついた表紙の本が、歌詞カードを模した下北沢マップと一緒にジャケットに入った状態でお渡ししています。
こんな本がなぜ生まれ、どうやってこのかたちになったのか。そんな感じの話です。
2023.01.01
さて、遡ること約一年。2023年01月01日未明、都内某宅にて。
冬コミの戦利品を床一面に並べながら始まった第一回夏コミ制作会議。
2日間の疲れからか、あるいは打ち上げの乾杯ができる前に小4時間ほど部屋の大掃除をさせられた疲れからか、はたまた単に酔いのせいか出された案がこの丸い本でした。
冬コミで早くも結束バンド(物理)本が出されるなか、どんな形の本が面白く、かつ「ぼざろらしい」のか? という問いのもと頭を捻ったお正月。
この段階ではそれぞれのページをどのように束ねていくかについてはまとまっていなかったもの、この日のうちにレコードの形状、A面・B面の存在、そして付録の歌詞カード風ペーパーといった最終的な形状に関わる部分については決まりました。やはり複数人で議論するのは強い。
(まず)同人誌ができるまで
本の最終形の方針が立ったところで、最終的に夏コミに本を出すまでに必要な検討項目を整理していきましょう。
同人誌、特に特殊装丁本を作るにあたって考えるべき事項は、
その本の体験がどのようなものであるか
その体験が実際にどうやって作られるか
この2つに大別されると考えます。
前者は本の中身(つまり小説や絵などのコンテンツ)や外見など、読者が即売会会場で本を見て手に取ったときから読了するまでに得る感覚全てについてのこと。
後者はその体験を同人誌の印刷や製本、サークルスペースの構築などによってどのように実現していくかについてのことです。
とはいえこの2つだけだとあまりに大雑把すぎますね。これをより細かく分解すると、こんな感じになってくるのではないでしょうか。
本の「ありよう」
【コンセプト】どんなテーマ?
【コンセプト】読者に何を見せたい?何を感じてもらいたい?
【コンテンツ】どんな絵・小説が入る?
【コンテンツ】どんな雰囲気の見た目・手触り?
本の「やりよう」
【装丁】印刷所は?印刷方法は?使用する紙は?
【装丁】どうやって発注すればその装丁は実現できる?
【装丁】どうやって印刷・製本すればその本を安く・きれいに作られる?
【告知】いつ、どういう雰囲気の告知を打てばいい?
【当日】サークルスペースはどうやって飾りつければよい?
などなど、切り分け始めるときりがなくなってきてしまいますね。
この本の制作では、1月以降本の中身と本の生産方法の議論が並行して進むことになります。
なんでこの本を作るの?
最初の打ち合わせの段階でこの本は一筋縄でいかないことがわかっていたので、冬コミまで半年以上あるうちから準備を進めていきます。イベント直後が一番熱意があったりするので、こういうのは早めにやっておくと後々楽です(自戒)。
弊サークルの直近の数冊は、
他分野の人との密な連携で本をつくる
物理本ならではの体験ができる本を作る
というのを目標にしつつ制作されています。前者は個人の同人誌や団体の合同誌を作ったときに感じた双方の限界から、後者は人から人へモノとしての本を手渡す同人誌即売会だからこそできるものを作りたいというところから出発しています。
そしてこの2つを今回の本に当てはめると
誰が何を分担する?
レコード本をどうやって面白い体験として成立させる?
ということになってきます。
誰が何を書く?
分担については、昨年の冬コミで初めての特殊装丁本としてリコリコ二次創作を出して以来一緒に活動させていただいてる真鯛先生がSS、私がデザインと一部のイラスト・写真。そしてエッセイを浅野皓生先生、ジャケットイラストを凝固川どろり先生、ぼざろイラストをenden先生、写真をれんず先生・ちさとし先生にお願いしました。
今回の本では下北沢の街をより深く扱いたいと思っていたこともあり、下北沢の街とそれぞれが関係性を持ったメンバーが集まりました。
(浅野先生のデビュー作「東大に名探偵はいない」を読もう!)
レコード本ってどんな本?
本を「レコードを模した丸い本にする」というのだけでは、何も決まっていないも同然です。
実際に円形をした各ページをどう綴じれば読める本になるか、本の外見をどうやって中身と繋げるか、盤面の溝をどうやって作るか、どんな雰囲気のデザインにするか、そしてこれらをどうやって予算内で作るかまで全て考えなければなりません。
Discordのサーバー内で思いつくままにアイデアを書き散らしていきます。
数日間ひたすら考えた後、数週間のブランクを経て忘れた頃に別のアイデアが投下されたり。
円という制約
円形の本を作るにあたっては半円状の本を展開して円形の本にするという方針になりましたが、問題になるのはその折り目。表紙には分厚い紙を用いますが、この紙を折り曲げると折り目のシワがついたり印刷が剥がれたりといった問題が起きてしまいます。
これを解決するため、本を2つの部分に分割します。絵や文字の印刷されたいわゆる普通の本の「本体」の部分と、盤面を再現するための厚紙の「盤面」。
「本体」は半円状の中綴じ冊子を展開して円形に、「盤面」は半円状のものを「本体」の円に上下2枚ずつ、計4枚貼り付けることに。
また真鯛先生などから各原稿案が集まってきたこともあり、本のページ数や台割についても検討していきます。
「本を回して読み進める」「A面・B面がある」という体験が特徴の装丁の本ですので、頭の中で本を最初から最後までめくりながら、ページ同士の中身のつながりに配慮しつつ本の構成や回転角を考えていきます。
見積もりへ
さて、大体の本の仕様が固まってきました。
「レコードみたいな本」というアイデアが
本体:B5中綴じ・フルカラー・44P・半円形に切り出し
盤面:B5の黒色厚紙+UV厚盛加工(溝の再現)・半円形に切り出し
という発注可能な形に整理されました。本体や盤面の紙を半円形に切り出すのは手作業でやるには重いので機械の手を借りたいところ。
あとは印刷所さんに見積もりをお願いするだけ……なのですが…………
破産しました。
まだ本の本体とジャケットと歌詞カードペーパーがあるのに、これではさすがに私も手に取っていただくみなさんのお財布も死んでしまいます。
なんとかしてコストを削減しなければなりませんが、でもやっぱり特殊装丁はやりたい。しかし心配はいりません。
学生の人件費は0なので。
そこで、
本を分割して発注する
本を手作業で組み立てる
の2つを組み合わせることでなんとか本を作っていきます。
1. 分割発注
規格化された製品は安い。
これは同人誌も例外ではなく、特殊装丁が高くついてしまう所以ですが、逆にいえは規格化された製品を組み合わせれば安く特殊なものを作れるということでもあります。
同人誌の基本的な規格は、
「カラー/モノクロの表紙 + カラー/モノクロの本文」
というもので、表紙・本文それぞれ1種類の紙を選ぶことができます。
この規格に沿ってさえいれば、グラフィックさんやおたクラブさんなどをはじめとした印刷所で比較的安価に印刷してもらうことができます。
しかし、今回それを妨げているのが本が円形であるということと、厚紙製の盤面が本体の冊子につく必要があること。
盤面については先述の理由もあり分割したので、本体の冊子は規格品を使うことができそうです。
また、今回はグラフィックさんの方で「デジタル厚盛ニス」なる製品があったのでこちらもクリアできそう。当初考えていた紙は使えませんが、体験が大きく損なわれるわけではなさそうなので続行です。
ただ、もう一つ問題が残っていました。本が丸い。
理想では印刷所さんに印刷された紙を円形に加工していただきたいところなのですが、こういったものは規格化された製品の安価な供給に特化したラインでは製造できず、となると円形にする加工代のみならず印刷物自体の値段も跳ね上がってしまいます。
となると残された手段は…………
2. 人力加工
がんばっていきましょう。
ところで原稿は?
さて、本の仕様も決まったので残るは原稿のみ。あとはもうひたすら頑張るだけです。
とはいえ、7人で44ページの本を作るとなると、誰が何の作業をしてて、どのページがどの作業まで進んでるのかわからなくなってしまいます。しかもページごとに回転角も違う(=文字や顔が折り目にかからないようにしないといけない)となると到底頭の中では管理しきれません。
今回の本では、Notion上に各ページの情報を集約し、現在の作業のスクショも貼ることで「P〇〇っていまどうなってたっけ?」を減らせるよう努めました。
本文の制作と並行して、今回の本の地味にこだわりポイントな下北沢マップも編集していきます。せっかく下北沢と関わりのあるメンバーなので、役に立ったり立たなかったりする内容を目指しました。
入稿!
様々な紆余曲折を経て原稿が全部上がり、ようやく印刷所に発注・入稿できる状態に。
最終的には
本文:B5・中綴じ44P(用紙はB7トラネクスト・グラフィックさん)
盤面(A面):B4厚紙にフルカラー印刷 + UV厚盛(グラフィックさん)
盤面(B面):B4厚紙にフルカラー印刷 + UV厚盛(グラフィックさん)
ペーパー:黄色の紙に赤色のリソグラフ印刷(レトロ印刷さん)
ジャケット:厚紙封筒にフルカラー印刷(羽車さん)
という仕様で順次発注していきました。
普通であれば、あとは刷り上がってイベントの日が来るのを待つだけ、なのですが………………
まだまだ作業は続きます。
朝から晩まで切り出し→貼り付け→セット組みの連続です。幸いにも弊学には学生会館なる自由に大きな机を長時間占拠できる空間があり、本を作るたびに本当に助かっています。
作業時間としては、平均4~5人で5日間くらいはかかったでしょうか。作業をしているうちにだんだんと熟練工になっていく過程が地味に楽しかったりします。
こうしてできあがったものがこちらになります。
なんとか出来上がりましたね。あとはお品書きや通販のための物撮りをしたり、当日の設営の準備などをして過ごしました。
2023.08.12
制作開始から8ヶ月、コミックマーケット102当日。コロナによる入場制限が撤廃されたこともあり、当日は予想以上の方に本を手に取っていただくことができました。
また、手に取った時の驚きがある本を作れるのが特殊装丁のいいところ。会場やTwitter上でたくさんの感想をいただくことができ、とても励みになりました。
「光波標識」はSS・エッセイから絵・写真、さらには下北沢のマップまでたくさんのものを詰め込んだ本でしたが、「レコードみたいな本」という装丁のもとにまとめることができたらからこその結末だったのではないでしょうか。
ということで、ここまで特殊装丁の同人誌の制作過程について書いてきました。
とっつきにくい印象を持たれがちな特殊装丁ですが、実際はひとつひとつの細かい仕様の積み重ねです。
本の雰囲気を考える、本のサイズ感を考える、紙の手触りを考える。
「凝った装丁なんて、まだハードルが高いよ」と思っている人も、ぜひ手の届くところから本という体験に手を加えてみてほしいです。
特殊装丁は、同人誌即売会という場と非常に相性のよいものだと思っています。
ちょっと違う見た目だからこそ、初めて通りがかった人が本を手にとってくれる。
ちょっと違う体験ができたからこそ、たくさんの人が感想を呟いてくれる。
作るのはちょっと大変ですが、作り終えたあとには比べ物にならないほどの嬉しさが待っています。
即売会という場が好き!という人こそ、ぜひ新たな本の可能性を探ってみてほしいと願っています。
2023.12.31
さて、ここまで読んでいただきありがとうございました!
今回紹介した「光波標識」は冬コミ両日でも頒布いたします。
弊サークル「青葉小路」は2日目(12/31)【西ね27a】に参加するほか、1日目も【東コ46b】東京大学きらら同好会にて委託頒布いたします!
(通販もあります)
さらに、青葉小路では冬コミ新刊としてオリジナル本「片影」を頒布いたします!
街を歩いている時にふと気になる地面に開いた隙間。その地面からは、我々の世界はどうみえているのでしょう…?
足元から街を覗くためのアクリル製「標本」と、真鯛先生による詩の小冊子がついた、ちょっと風変わりな本となっています。
また、既刊としては、「光波標識」に加え、「リコリス・リコイル」のちさたきSS特殊装丁本「ひとしおり」や、旅で出会う日常と非日常をテーマにしたオリジナル写真×イラスト本「青嵐日記」なども持っていく予定です。
今回は久しぶりに創作島での参加となります。
コミックマーケット103、2日目は【西ね27a】にてお待ちしております…!
おわりに
年末になるとアドカレに1本だけ記事を書くのが毎年の恒例になってきました。気づけば今回が3回目、つまり同人活動を初めて3年目ということになります。
きらら同好会の合同誌ではじめて同人というものに触れた恋アスオンリー、個人の活動として委託でグッズを出すところから始めたC99。
それからイラスト本や合同誌を作ったりしているうちに、様々な方から声をかけていただき装丁のお手伝いをさせていただくことも増え、自サークルでもこんなに色々な人と本を出すことができるようになりました。
イベントで本を手にとっていただいたみなさんや、一緒にものを作らせていただいている各位には本当に感謝しかありません。
来年の本も鋭意企画進行中ですので、またコミケやコミアカの会場でお会いしましょう…!
それでは。
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