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私とあの子は29歳


週末になると、近所の水遊びのできる水辺か山か。
はたまた、ゆめタウン(西日本にたくさんあるイオンみたいな総合商業施設)で映画を見るか。

私はそういう九州の、というか。
日本のどこにでもある都会ではないごくごく普通の田舎で育った女である。

田舎を貶すつもりは一切ないし、
私は自分の地元を愛しているが、
田舎に育った人ならわかると思うけれど田舎に生まれた人間は都会の匂いに敏感である。

私がその都会の匂いに初めて出会ったのは、
幼馴染の同い年の女の子の母親からだった。

彼女の母親は元CAで、町内の誰よりもスラリと高い背丈にスタイルに華やかな顔立ち。

そして、なんてことないようにロレックスの時計をつけてヴィトンの鞄を持ってカルティエのトリニティリングをつけている。

こんな田舎で週末イオンや湖に行くよりも、
東京のビル群を肩で風をきって歩くほうが似合ってそうな。

少し古いけど、テレビドラマ、ヤマトナデシコから飛び出してきたような。

そういう全身から都会の匂いが溢れてる、
とびきり素敵でかっこいい女性だった。

彼女の母親は、東京で出会った若き起業家を夢見る男と結婚して、その男がいよいよ私の地元で事業を起こすということで、東京から九州にお嫁にやってきた。

そして生まれたのが私の幼馴染のスズだった。

家が近所で、母親が専業主婦同士だったので私とスズの母親はすぐに仲良くなり、その子供だった私とスズも家を行ったり来たりするようになった。

スズはハーフでもないくせに、目の色が少し変わっていた。

色素は薄くて、黒ではなくて、でも茶色とも言い切れない。

黄色を少し混ぜたような琥珀色の瞳が母親と全く同じですごくすごく綺麗な女の子だった。

スズは、クラスで一番綺麗だとかそういう次元を超えていた。

千人いたら最後の数人に残るような、圧倒的な華やかな容姿を持っていた。

スズのその華やかな姿や、起業家パパと元CAのママという華麗なバックグラウンドに私はいつも気圧されていたけれど。

スズはいつも真っ直ぐに私を見つめて

「スズは蒼子ちゃんが大好き」

と言ってくれていた。

5歳で出会って。
ランドセル背負って一緒に小学校に通って。

スズが中学から私立に行ってからは、
公立に行った私と会う機会はめちゃくちゃ減ったけれど、それでもたまに偶然出会せば、

「蒼子ちゃーん!」

と叫んで走ってきてくれるスズは、
私のことが大好きだということが全身から滲み出ていて。

そのあっけらかんとした姿を眩しく思い、また安心したものだった。

いつだって私を見つけて声をかけてくれるのはスズの方だった。

一度街でスズを見かけたことがあった。

声をかけようとしたら、すずの後ろからずらずら現れたスズと同じ私立中学校の制服を着た華やかな学生たちがスズと肩をポンポン叩いて、スズは綺麗な綺麗な顔をふわりと崩して笑った。

その時初めてスズを遠くに感じた。

田舎あるあるなのだが、
田舎の公立中学校は校則が厳しく、
大事な大事な高校入試のために私はいい子でいなくちゃいけなかったし。

校則通りに膝下7センチを守ったスカートにダサい制服の私は、スズやスズの周りではしゃいでる私立中学校の学生と比べてなんだかすごく見窄らしく感じて恥ずかしかった。

それで、スズには声をかけないで黙ってその場を通り過ぎた。

スズは、どんどん綺麗になっていった。

田舎あるあるなのだが、
田舎ではその土地の1番の進学校は公立であることが多い。

故に、東京や大阪と比べて中学受験をする人は少なくて。

中学受験をするのは少し特別なことだった。

私は高校受験に命をかけた。

昔、スズが「あの高校に行きたい」と言って指を刺したセーラー服。

スズは家庭の事情で中学受験をしたから、あの県下1番の進学校のセーラー服には手は届かないけど、私はそれを手に入れてやるんだと。

その高校を目指す、100%の理由のうち0.005%くらいそういう感情はあったと思う。

スズはなんでも持ってて、スズが欲しがって手に入らなかったものを手に入れてみたいとかいう、くだらない田舎娘の私の矜持であった。

高校に合格して、私はスズが着たがっていたセーラー服に袖を通して。

やっと、スズに一つ勝てた気がした。

母が心配してくれていたスズの母親に私の合格を知らせた次の日、我が家の呼び鈴が「ピーンポーン」と鳴り響き、出るとスズが立っていた。

「蒼子ちゃん、合格おめでとう!
これ、ママと選んだの!」

と言って満面の笑みのスズが差し出したのは、
デパートで買ったのだというその当時は私が知らなかったキラキラとした煌びやかなパッケージが美しい女子高生にぴったりなブランドの香水だった。

目の前のスズはニコニコと、私の成功を心から喜んでいるようにしか見えなくて。

私はやっぱり、この子はすごいなあと思った。

その後私は高校で、見事に落ちこぼれて浪人生活に入ったのだが。

スズは指定校推薦で日本でも文句なしの名門の私立大学の政治経済学部に進んだ。

東京の超名門大学で華やかな生活を送るスズのことを思うと、どうして自分の人生はこんなにうまく行かないのか、と泣きたくなってしまうから。

浪人が始まってからはスズと連絡を取ることもなければ会うこともしなかった。

そのまま私は一年の浪人生活の後スズの行った大学を5学部くらい受けて全部落ちて京都の私立大学に進んだ。

スズはどうしているだろうか。
大学に入ったらあとは時々考えた。
母親そっくりの美貌を持っていて、頭のいいスズならば、
私が憧れ、手を伸ばし、届かなかった東京をうまく乗りこなしてるんだろうなあ。

羨ましいような少し悔しいような気もしたけど、
でも。

この頃になると私もすっかり京都の水が合うようになり、スズに対する誰も知らなくて私だけが抱えてきたドス黒い汚い感情は消え去っていた。

もしかしたら京都にいる八百万の神々が私のこんな汚い感情を浄化してくれたのかもしれない。

そんなダラダラとしながらも愉快な大学生活を送って三回生になった頃。

京都土産を持って、久しぶりにスズに会いたくてスズの家の呼び鈴を鳴らすと

憔悴しきった顔をしたスズの母親が出てきた。

「あら、蒼子ちゃん久しぶり。
すっかり女子大生になったわね〜。」

もともと痩せていたスズの母親はさらに痩せていた。

「おばさん、お久しぶりです。
あの、スズは…?」

お盆だったから帰ってきていると思っていた。

すると、スズの母親は大きなため息をついて、

「あの子ね。もう2年も連絡が取れないのよ」

と、俯いた。

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