最後のカラオケ
友達が少ない人生を送ってきた。
でも、同時に友に恵まれた人生も送ってきたと思ってる。
高校生の頃の私は、思春期の少女達にありがちな5-6人のグループになって互いの全てを共有し、濃厚な世界観と団結に酔いしれることは出来なくて。
だけど1人でいる勇気もない。
思う通りにいかない毎日に高校生らしく悩んで泣いて苦しんで、だけど特別になりたくて、理想の自分と現在の自分の乖離に悩んでもがいて世界に勝手に居づらさを感じてしまってる、今にして思えば典型的な高校生で。
何もかも中途半端な人間だった。
そんなめんどくさくも平凡であるくせに特別でありたがるどうしようもない私を、しっかり立たせていつも見守ってくれた友人がいた。
彼女とは高校入学のオリエンテーションキャンプで名簿順が近かったというマジで普通の理由でなんとなく話すようになった。
彼女は私と話すようになってから、キッパリと友達募集活動といえばいいのか、
クラス替え後によくあるような。
輪から外れたくないから、なんとなくいたくない場所にも身を置いてみたり、休み時間に声が大きな女子の机の周りに集まるようなそういう行為を一切やめてしまった。
「私、友達は1人いればいいから。蒼子ちゃんいるからもういいや。それに、蒼子ちゃんといると楽だしね。」
そういうことを、顔色ひとつ変えないで言って、彼女はまた本に目を戻した。
彼女は、偏差値70を超える高校で、理系特進クラスのメンバーにも負けることなく成績は常に上位に食い込んだ。
いつだって努力家で、優等生で、教師からの信頼も厚かった。
反面私は、成績は底辺を彷徨い、持ち前の鈍臭さからしょっちゅう問題を起こし、職員室で呼び出しを食らっていた。
当時私は自分になんとなく理系の才能はなくて、
父や母のような医師や薬剤師になれないことをわかっていた。
それでもいつも頭の中に白地図を広げて、自分の人生をどう着地させればいいのかわからなくて悩んで毎日繰り返される日常にひたすら耐えながらも毎日もがいていた。
どうしたらいいんだろ。
高校卒業したら私はどうなる?
未来の絵が描けなくて迷子の私と比べて彼女はいつも淡々としていて、入学した当初から彼女の母親と同じ看護師になると決めて彼女のその目標が揺らぐことは一切なかった。
いつだって彼女は背筋を伸ばして歩いていた。
自分の歩く道に一切迷いなんてないみたいに、
いつだって誇り高く歩いていた。
それでも、伸ばした背筋でいつだって私の隣にいてくれた。
高校で私が部活を立ち上げた時も、1番に一緒に入ってくれたし、
メンバー集めだって一緒に恥ずかしい思いをしながらポスターを貼って回ったりそういうことを手伝ってくれた。
クラスの文化祭委員長を押し付けられた時も、
会計係を引き受けてくれて、派手な男子たちが買ってきた無駄なものについてはしっかりと料金を請求してくれた。
「あいつ怖いよー蒼子ちゃんなんか言ってやってよ」
とヘラヘラしていってくるクラスメイトの声を完全に無視して、
「蒼ちゃんはお金のこと関係ないから私に言ってね?」
と釘まで刺してのけた。
彼女はいつだって圧倒的に私の味方だった。
悶々とする私をよく引きずって学校帰りにカラオケに行って、何時間も当時はやってたボカロとかバンドの曲を歌ってヘトヘトになって彼女とマックに行ってまだ喋りきらない自分の悩みを打ち明けて、それを彼女が聞いてくれる時間が大好きだった。
なかなか言いたいことが言えなくて、NOを言える自信がなくて、クラスの中でみんなの前でつまらない自虐で笑いを取らされた日、教室の中で彼女だけが笑ってなくて、みんなも、教師も笑ってる中彼女だけが荷物をまとめて教室を出た。
その日部室に行くと、激怒した彼女がいた。
目に涙を浮かべながら、
「蒼子ちゃんのそういうところが大っ嫌い」
と、言った彼女は本気で私のために怒っていた。
教室のあの瞬間、私のある尊厳が踏みつけられて、消費されたことに彼女がたった1人本気で怒ってくれたことが嬉しくて、なんだか笑ってしまって、さらに彼女を怒らせた。
私は彼女を心から信頼していた。
大好きだった。
大好きでいつも羨ましくて仕方がなかった。
確実にしっかりと自分の足で自分の信じた道を歩く彼女は素敵だった。
当時恋愛や、キラキラしたことに憧れる私と対照的に彼女は男子生徒とは口もきかないで。
「私、男とか興味ないし。
多分結婚とかしないと思う。看護師になったら繁華街に近いところに部屋借りて住むか、京都に何年か住みたいかなあ」
そう言って涼しい顔して笑ってた。
私も、彼女がいるなら地元で教員免許でも取って教師になって、27歳くらいで子供を産んで彼女と週末は飲みに行けばいいかなあ、と人生に折り合いをつけ始めていた。
高校を卒業した後彼女は、看護師になる学校に合格してそのまま看護師免許を手に京都に就職した。
まさに有言実行、彼女は伸ばした背筋で本当に自分で言ったことを実現して見せた。
見事だ、鮮やかだと思った。
私はその後、紆余曲折あって大阪の会社への就職が決まった。
そして彼女が大阪の病院に就職して、私と彼女の道はもう一度交わって、私と彼女はまた度々会うようになった。
けど、心がざわめく瞬間はやってくる。
1回目はなんてことない日に一緒に飲みに行っていつものようにカラオケに行くために集合した時彼女が左手の薬指に指輪をつけて現れたとき。
「男なんて興味ないから」
なんて言ってた彼女はあっさりと結婚を決めた。
いつだって大事なことは私に言わないでさっさと話を進める彼女だったけど今回も同じだった。
「性格とか話し方が蒼子ちゃんに似てる人だよ。
だから居心地良かったからうっかり結婚しちゃったんだよね」
と言ってなんてないことのように笑った。
籍は明日入れるという彼女とその日もカラオケに行った。
独身の彼女と飲んで、カラオケやって私と彼女が誰のものでもなくて、彼女が私だけの友達だった最後の夜に私は彼女といつも通り、マクロスの「ライオン」をデュエットして、言いようもない寂しい気持ちになった。
だけど、本当に幸せそうに笑ってる彼女を本当に祝福する思いで見つめていた。
結婚してからも、パワハラや激務に耐えかねて追い詰められた私のためにいつも飛んできてくれて話を聞いてくれて時には旦那さんまで動員して私を励ましてくれた。
なんだ、結婚くらい軽いじゃん。
私も彼女も何にも変わんねーじゃん。
そう思ってた頃、2発目のパンチ。
中国出張から帰ってきた私の目の前に現れた彼女のお腹はぽっこり膨らんでいて、私の頭は一瞬真っ白になった。
「おめでとう、って言った方がいいやつ?
それともダイエットしなっていった方がいいやつ?」
わざとちょけた。
真正面から受け止める覚悟も何にも決めてなかった。
覚悟なんて決まるわけないけど。
「そー。10月に生まれるのよ」
その時は6月。
嬉しそうにお腹を撫でる彼女は私の知らない人みたいだった。
何を話したかは記憶にないけど取り留めもない話をした。
高校時代の話をする中で、
「子供産んだらしばらくは大変だしみんなに会いたいなー」
と部活の仲間に会いたい話をしていて、それは絶対に叶えようと思った。
LINEを駆使して地元に残ってるメンバーを集めて、上司に無理言って有給取って、
7月九州に飛んで帰って、部活のみんなで乾杯した。
本当に嬉しそうな顔をしている彼女をみて、
やって良かったなあと思った。
その同窓会の次の日も彼女と会って、
いつも試験が終わった後2人で打ち上げをしたカラオケに行った。
いつもの曲と、懐かしい曲と、体力が続く限り歌って笑ってマックを齧った。
Y字の形の分かれ道の分岐点に立っている私と彼女。
今日が私が母親ではない彼女に会える最後の日で、最後のカラオケだと思ったら曲を入れる手が止まらなかった。
結婚しないと言っていた彼女は母になり、
27で子供産んで地元で教師になると言っていた私は、サラリーマンになり結婚すらしていなくて。
真逆の未来絵図に我ながら笑ってしまった。
どんな彼女だって好きだ。
彼女は私の人生でいちばんの友達であり、親友である。
それは私が地球のどこにいても変わらない事実だ。
だけど、高校生の頃私が眩しく見つけた背筋がまっすぐ伸びて少し鋭いようなギラギラした目つきはもうどこにもなくて。
優しい旦那様と手を取り合って素敵なママになる彼女の中にあの頃の面影を無意識に探す私は、
彼女を心から祝福できているのだろうか。
そんな自問自答を繰り返してると、
なんだか自分がどうしようもなく幼稚で、自己中な人間に見えてくる。
「私、人生で蒼子ちゃんに会えて良かったよ」
その日、何気なく言った彼女の言葉をずっと胸にしまっておこうと思った。
この言葉と、このカラオケの時間だけは私だけのもの。
この時間だけは彼女は私だけのものだ。
高校生の時と同じように。
Y字に別れた道が、いつか交わる時は来るだろうか。
来たら嬉しいし、来なくたって構わない。
私はこれからも彼女が好きで、世界でいちばんの彼女のファンだ。
彼女が辛いことがあれば駆けつけよう。
駆けつけて彼女が必要としてることをしよう。
そんなことを勝手に決意した。
先日彼女から子供が無事に産まれたことと、赤ちゃんの写真が届いた。
綺麗な綺麗な赤ちゃんは会ったこともないのに、もうすでに可愛くて、心から彼女を祝福したいと思った。
ずっとずっと記憶の中にある、彼女のことを私の心の宝箱に仕舞い込んで。
お正月にはお祝い片手に彼女に会いに行こうと思っている。
どんな顔して会えばいいか、考えることをやめて。
どんな顔でもいいのだ、と思い直す私は多分今、人生でいちばん緊張している。
おしまい。