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日記風小説:白

2021.12.20mon
 ふいにあなたと、期間限定で隔絶されて、何をしているのが正解かわからない。ご飯を食べてね、あったかくしてね、と言われるのは予想ができて、とりあえずそれをしながら、日常の帰りを待ってる。これは、期間限定だ。期間限定のはず。怖いって、こういう感覚だっけ。噛み締めすぎた奥歯が痛い。
 
 
2021.12.21tue
 あなたが倒れて、緊急搬送されて、手術まで受けたことを、意識を取り戻したあなたからの連絡で知る。Message from ICU.笑えないよ、勘弁してよ。しんぱいさなくていあよ、さむいからかぜはかないゆうにね。全文ひらがな、フリックもままならないのに優しくって、また奥歯を噛む。
 
 
2021.12.22wed
 かぼちゃ!と浮かれたメッセージつきで送られてきた夕食の写真には、確かにあなたの大好物の煮付け。病院食も冬至なんだな、という感想を背景に、その量の少なさにぞっとする。あなたは、いま。その事実を、そんなことでも確かめる。もう何度も何度も、確かめてる。この隔絶は、いつまで続くのかな。
 
 
2021.12.23thu
 薄情かもしれない。4日目にして、落ち着いたり安心したり、そういうものの種を、あなたのメッセージから見つけられるようになった。いいのかな。心配も不安も薄れてないけど、冷静を取り戻してしまった。許されるかな。想像のあなたを勝手に回復させていってる。あってるのかな。奥歯の痛みは少し引いた。
 
 
2021.12.24fri
 
 きょうはもうねる。
 
 

2021.12.25sat
 あなたがいないなら12月24日も25日もなんでもない日。日常は本当はひどく単調で、あなたが魅力的にしてくれてた。証拠に、Merry Christmas!ってメッセージひとつで今日の日の役割を思い出して、そういえばプレゼントを用意していたなって写真を送る。寂しい。違う。心細い。

 
2021.12.26sun
 この便利な機械で、上手に色々を隠されてるんだろう。あなたは入院してないみたいにいつも通り。ぼくは色々を訊けやしないから、同じような他愛なさで、いつもより少しゆっくり返事をする。ふいに紛れ込んだHCUの文字列にざわつきながら、ああでも回復してるよかった、よかった、と言い聞かせる。
 
 
2021.12.27mon
 誰かといると簡単に忘れてしまうから、お風呂の時間になると安心する。夜眠る前のこの時間も同じ。あなたを心配するぼくを絶対に取り戻せる。ねえぼくは、1週間の隔絶にとてもとても疲れてきたんだけど、あなたはどうかな。ぼくらはすきどうしだと何度も噛み締めるよ。怖がってるのはぼくだけかな。

 
2021.12.28tue
 「薬の副作用で喜怒哀楽が消えてる」と相変わらず軽やかなメッセージ。一般病棟に移ったよ、で少し呼吸を思い出せた気がしたのに。消された感情の中に、ぼくへのすきもまぎれてないかな。こんなに無力でなんにもできないから、やっぱり一緒にはいられないね、ってあなたから言われたらもうだめだ。
 
 
2021.12.29wed
 心細くありませんように。痛くありませんように。苦しくありませんように。辛くありませんように。ひとりになってあなたを思い出したら息を止めて、手を合わせて唱える。あなたを守ってくれるなら神様でも仏様でもどちらだっていい。ひとり病室にいるあなたを思うと胸が痛い。もう奥歯は痛まない。
 
 
2021.12.30thu
 あなたが大切にしている、あの可愛いトラネコのご飯やトイレの世話。入院中のあなたに入り用なものの支度。放っておけば雪に埋もれてしまうあなたの家。どんなに心配しても、それらをどうにかするのはぼくの役目じゃない。あなたに訊くことすらできない。知ってたしわかってたことだ。
 
 
2021.12.31fri
 あなたの大切さを噛み締めた1年。来年はもっともっと優しくするよ。大切にするよ。どうかこの決意を無駄にさせないで、終わりにしないでって、ぼくはずっと怖かった。だから、来年もよろしくねって、いつもどおりにメッセージが届いて、涙が出た。かっこわるい。うれしい。ぼくらはまだ続いていける。
 
 
 
 
 

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