月下で恋を奏でる 【其ノ参】
今朝もクラスが騒がしい。特に女子が。ハテナマークを浮かべる俺に、クラスメイトが言った。
「なんか、隣のクラスに転校生が来たらしいぜ。それも男の」
それで、女子が騒いでるのか。まぁ、珍しくもないか。見に行ってみるか? とクラスメイト達につられ、野次馬心で行った。
ドアから顔を出し、見渡すと明らかに女子が集まっている机を見つけた。机の主は、鬱陶しそうに教室から出ていく。
次の瞬間だった。ちらっとこちらを見た彼と目が合ったのは。
「あー、確かにイケメンだな」
クラスメイトの言葉に他の何人かも頷く。…あいつ。
「な、なぁ、あいつの名前は?」
俺らは月にいる時は、名前が無い。下界に下りて、名乗るために貰う。
「んー、確か…望月 星だ」
星…。もちろん名前に聞き覚えはないが、あいつも下界に来たのか。…また彼の歌声が聞ける。そう思うと嬉しいな。
終礼も終わり、早く紅に話そうと学校を去る。夏の件から、彼女と声で話せるようになった。今日もあの声が聞きたい。
「あれ、いない…?」
紅の姿が見えない。境内を歩いてみても、彼女はいない。
「おかしいな…」
ふと、紅葉の下を見ると黒い毛玉…いや黒い狐が寝ていた。考えろ俺、この神社は狛犬の代わりに狐がいる。つまりここは、稲荷神社。ということは…。
「…紅?」
すやすやと眠っている狐、よく見ると黒い毛並みが艶めいている。まるで、織物のようにって初めて紅を見た時に思ったんだっけ。
寝息を立てる狐の隣に腰掛けて、落ちてくる紅葉を眺める。もう色付いたんだな。ふわぁ、と小さな欠伸が隣から聞こえ、狐は目を覚ました。
「おはよう。よく寝てたね」
小さな瞳で此方を見つめた途端、白い煙に包まれる。煙が消えた時には、少女の姿になっていた。
「べ、に…?」
輝く黒い瞳に、長い睫毛。綺麗というより、可愛いの方が合うなと思う。声に気がつくと紅は、顔を手で覆った。耳が先の方まで色付いている。
「こ、光希…これは、その…」
指の隙間からこちらを覗く。俺の顔も熱くなっている。
「い、嫌じゃなかったら…顔、見せて」
そっと手を離す彼女。心臓がうるさく鳴るのを全身で感じる。
「べ、別に見せたくなかったわけじゃないんだよ。でも、会う度に、恥ずかしくなってきて」
やっと、やっと、紅を見ることが出来た。抱き締めたい気持ちを必死に抑える。
「可愛い」
呟くと彼女は、ぶんぶんと頭を振る。くりっとした瞳はなかなか此方を向かない。
お互い何も言わない時間が流れる。もう、夕暮れだし帰ろうかと思ったら、ぐいっと袖を引かれた。
「ねぇ、どっちがいい? いつものと今日の…」
じぃっと瞳が俺を映す。夕日のせいか彼女の頬が、ほんのり赤くなっている。
「今日のがいい」
可愛いと言おうとしたが、またそっぽを向かれそうだからやめた。紅はそっか、と呟いて軽く微笑んだ。俺の心臓はずっと鳴りっぱなしだ。
*
秋も終わりに近づいてきた。軽音部の1大イベントである文化祭も上手く終わって良かった。星に頼み込んで正解だったな。星とは、月にいた頃から色々なことを一緒にしてきた。また、一緒に音楽が出来て嬉しかった。
神社の紅葉も前に増してはらはらと散る。紅と出会った頃はまだ青かったのにな。時の流れはとても速い。俺らの隙間を通り抜けていく。そんな感傷に浸っていると、鈴のような声が聞こえた。
「ねぇ、光希って三味線弾ける?」
「三味線?」
彼女曰く、本殿の奥で埃を被っている三味線があったらしい。大体の楽器は弾けるけど…何故そこに三味線があったんだ。
「弾いてみてよ! 楽器を演奏してる光希が見たい」
きらきらと輝いた目で見てくる。楽器を弾くのが好きで、軽音部の部長ってことは夏くらいに話したんだ。
三味線を受け取ると、埃が辺りに舞う。かなり古そうだけど、壊れたりしないよな。にしても、三味線か…どうせなら和の曲にするか。少し考えてから、弦に触れる。切れませんように。
「秋の夕日に照る山紅葉…濃いも薄いも数ある中に…」
童謡『紅葉』だ。演奏することはあっても、歌ったのは久しぶりだな。下手ではないと信じたいが、星ほど上手くはない。まぁ、嫌いではないけどさ。
境内に響く三味線の音色と俺の歌声。外だから、音響が分かりにくいし、ギターと感覚も全く違う。それでも…誰かに聴いてもらえるのは嬉しいな。音楽が終わると、たった1人の観客から拍手が聞こえた。
「凄い。すごく上手いよ!」
いつもより高い声が聞こえる。音楽をしていて良かったな。こんなに喜んでもらえるなんて。
「それに、三味線を弾いてる光希、新鮮でかっこよかった」
ふふっと微笑む彼女。小っ恥ずかしくなって、視線を逸らしてしまう。かっこいい、なんて言われたこと、あまり無かったな。
「また演奏して。嫌じゃなかったら、ね」
「勿論だ」
初めてか、紅の笑顔を見たのは。なんか、調子狂うな…。
【其ノ肆へ続く…】
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