月下で恋を歌う 参
やるとは言ったものの、文化祭まであと9日しかないんだよな。セトリやなんやらは任せるとして、あと何回合わせて練習ができるのかってのが重要か…。
「そうだ、この曲は聴いたことないんだけど、誰が演奏するんだ?」
手を挙げて答えたのは睦月だった。聴いてみないと歌えないしな。
「確か、動画サイトにあるんだっけ?」
横から声を出したのは光希。携帯でも聴けるやつか、つくづく便利な世の中だよな。制服のポケットに入れていたメモ紙に、俺の連絡先を書いて渡す。連絡先っていうか、メッセージアプリのやつな。
「できれば今日中に、その曲のURLを送ってくれ」
彼女は、おそるおそるといった感じで受け取った。
「でも、時間もないし…大丈夫なの?」
「大丈夫だ。2日もあれば曲は覚えられるしな。それより、お前も弾けるようにしとけよ」
記憶力は良い方だと言われるしな。あと、耳コピも得意だ。なんとかなるだろ。ついでに、と光希とも連絡先を交換した。帰宅すると直ぐにメッセージが送られてきた。動画のURLと短く一言。
『よろしく!』
『ああ』
それだけ返信し、動画を再生してみる。歌詞は取り敢えず置いておいて、意外にもアップテンポな曲だった。覚えやすそうだし、問題は無いな。
サイトの中でも有名らしく、再生回数は軽く100万回は超えていて、カラオケ版もあった。試しにサビのところを歌ってみたが、まあまあの手応えだった。余程不安なのか、申し訳ない気持ちなのか、何度もメッセージが届いていた。
『どうだった?』
『歌えそうかな?』
さーっとスクロールして、返信する。
『なんとかなる。安心しろって』
このまま会話は終わるかと思ったが、意外にも会話に花が咲いた。アーティストの話や、他の曲の話…転々としつつも寝るまで携帯に触っていた。文面とはいえ、こんなに誰かと話したのは久しぶりかもしれないな。
**
光希からも届いていたが、気がついたのは翌日の朝だった。この日を境に、学校が少し楽しくなった。少なくとも、何となく過ごしていた時よりは。そういえば、俺が出るって決まった次の日には顧問の許可を得たらしい。こういう仕事は速いんだよな、光希は。
時間を重ね、練習も進んできている。光希と息を合わせるのは、どうってこともないんだが、問題は睦月だった。リズムは合っているんだが、気持ちが揃わないのか、どうも曲が薄っぺらくなっている気がする。それは、2人も感じているようで。
「どうしたもんかな…」
光希が空に向かって呟く。クラスでもあまり話さないし、お互いのことを知らなさすぎるのか?部室に静かな空気が流れる。外を見つつ考えていた彼がばっと此方を向く。
「そういえば、なんで雪華と星って苗字で呼びあってんだ?」
…よく考えてみればそうだな。前は、さほど親しくもないのに名前で呼ぶのはどうかと思ってたが、今はそうでもないか。俺と睦月の視線が交わる。
「別に、俺は呼びやすい方で良いんだけど」
「えっと、じゃあ、呼び捨てでも?」
頷くと表情が明るくなる。基本的に俺は名前呼びにこだわりはない。下の人から呼び捨てにされたら流石に不愉快だが。故に、他の人のことは苗字で呼ぶことが多い。その方が、取り敢えず嫌な思いはされないだろうし。だから、素っ気ないと思われるんだろう。否定はしない。
この影響もあるのか、俺とむつ…雪華の足も揃ってきた風に感じた。でも、まだまだだな。家に帰ってからメッセージを送った。
『雪華は、この曲を通してどんな気持ちを伝えたいんだ?』
俺が彼女を呼び捨てにしてるのは、彼女がそう言ったからだ。
『そうだね…前向きな気持ちかな』
2人で演奏する曲は、歌詞は寂しいのに曲調は明るい曲だ。どっちの方向で行くか悩んだところだが。
『了解。次からそれを意識してみる』
お風呂にでも入ったのか返信は来なかった。その間にサビの部分を歌ってみる。これで、少しは気持ちも揃うだろうか。文化祭まで残り5日を切っている。
**
放課後の練習も通しですることが増え、本番が近づいていることをひしひしと感じる。あれから、雪華とも上手く合うようになった。取り敢えず心配することはないか。部長が流したのか、俺が文化祭に出るということは光の速さで伝わった。
注目が集まれば人が多く来るから良いが、クラスの人から隙あらば色々と質問されるのは、いい迷惑だ。文化祭の事もだが、プライベートの事まで聞いてくる奴もいる。主に女子。だから、最近は昼休みになると直ぐに中庭に向かっている。放課後だけが安全帯だ。
この日もHRが終わって即座に部室へ行った。大体、光希が宿題をしつつ俺らを待っている。家では2週間後に控えたテストの勉強をしているんだと。まぁ、見事にヤマを外して点数が悲惨なことになるまでがテンプレなんだけど。先週の小テストもそうだった。
雪華も揃い、練習が始まると室内の空気がピンと張る。ステージの内容は、まず俺とギター担当の光希で1曲。次に俺とベース担当の雪華で1曲。最後は3人で1曲と、全3曲だ。明日がリハーサルというのもあって、昨日よりも緊張感を持って練習に励む。
面倒だと思っていた軽音部との演奏は、いつしか楽しいものに変わっていた。
「明日はリハーサルだけど、ま、いつも通りたのしくやろう!」
珍しく部長らしいことを言う光希。今日はこれで解散かと思いきや、雪華が口を開いた。
「あの! これ、作ってみたんだけど」
手渡されたのは、手のひらサイズのマスコットだった。担当する楽器の形になっていて、裏面には『Sei』と刺繍されてある。器用なもんだな…俺とは大違いだ。
「凄いな。さんきゅ」
帰ったら鞄にでも付けるか。こういうのを貰ったのは初めてだ、嬉しいもんだな。彼女は自分のも作っていたようで、鞄にぶら下がっているのが見えた。
肆へ続く
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