スナック社会科×ふれしゃか生誕祭~ケイン樹里安さんの論考をいま横串に通してみる~に向けて①
イベント当日に向けてぽつぽつ書いていくnote、今回はここのところ樹里安さんが仰っていたことを思い出すことが続いたので、それに絡めて過去の記事などを紹介したいと思います。
先月行われた衆議院議員選挙期間中にれいわ新選組の大石議員が投稿した山本太郎同党代表の動画が話題になりました。X(旧Twitter)のTL上では批判、非難、擁護、正当化、いろいろ飛び交っておりましたが、その中に『差別はたいてい悪意のない人がする』(キム・ジヘ著、尹 怡景 訳、大月書店、2021)※1を勧める投稿を何件か見ました。また、その後大石議員の謝罪文が出た時に、「ああ、これは否認するレイシズムだ」※2と思ったし、「マジョリティとは『気にせずにすむ人々』」※3だなと樹里安さんの言葉を思い出しました。
※1 ケイン樹里安『差別はたいてい悪意のない人がする』書評
※2 「否認するレイシズム」についてはこちら。
※3 マジョリティとは「気にせずにすむ人々」についてはこちら。
正直、大石議員が、れいわが、ということより「またか…(げんなり)」と思われた方も多かったのではないかなと思います。それくらい繰り返し起きては忘れられまたどこかの誰かが同じことをする。
その時々に起きる差別の現場において「批判をする者」と「批判をされる者」は、「差別をしない者」と「差別をする者」に固定されるものではない(になってはいけない)。自分もいつだってしうる事だからこそ、声を掛け合って共に学べるように、気付けるようにして行きたい。重要なのは、「その後」。
上記に引用した樹里安さんのnoteや記事を読んでいて、再確認できました。頑張ります。頑張りましょう。今回はこの辺で。
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いつか乾杯しましょう!