『きみのいない街』
汽車が、揺れる。
どこまでいくかわからない。
だけど、私は乗っていた。
旅支度は簡単に。
荷物は最小限に。
身一つで飛び乗った。
窓から見える冬の街。
白いシーツのように柔らかい景色を見ながら
私は、深緑色の椅子に背中を預けた。
汽車の中は、静かだった。
乗客はふたりがけの椅子に
みな、ひとりしか座っていない。
かく言う私もそうである。
みな、ひとりだった。
だから話すこともない。
ジュースを飲む音、ゲームをする音、携帯を開く音。
座り直す音、椅子を倒す音、机を出す音。
それらを包むように、汽車の音は巡る。
冬の街を抜けて、私はどこへ行きたいんだろう。
汽車は、トンネルに入る。
相俟って、車内の明かりが際立つ。
窓越しにうねる闇、ガラスに反射して薄く映る私。
透明な自分と見つめ合いながら、私は過去を思い出していた。
「ねえ、あかり。私たち、一生ここにいようね」
(ああ、もちろん。きみが、望むなら)
「外の世界は怖いもの。みんな変わっていく。あかりだけが、私のそばにいてくれた。三年生になって、みんな将来の話ばかり。ついていけない」
(いいんだ、それで。きみは、変わらなくて。そのままが、一番素敵だから)
「あかりなら、そう言ってくれると思った」
(当たり前さ。だって、私がきみのことを一番わかってあげられる。ずっと隣にいたからね)
ずっと隣にいたんだ。
誰よりもきみのことを考えて生きてきた。
誰よりもきみのことを大事に想っていた。
誰よりもきみのことを夢に描いていた。
きみの変な箸の持ち方も、
横断歩道の白い部分を踏んで歩くところも、
先に走って振り返る甘えた瞳も、
みんな、みんな好きだった。
雪が降り積もる太陽の見えないこの街にいても、
きみさえいてくれるなら、私は温もりでいっぱいになれた。
卒業したら就職して、郵便局の事務員をするはずだった。
ふたりで住もうと話していた六畳のアパート。
新しいテレビに冷蔵庫、洗濯機。
マクラはこだわりがあるから二つ。
ファンシーなコップに歯ブラシ。
ホームセンターや雑貨屋を歩き回った放課後。
未来が、手の届くところにあった。
思い出の中で停滞する私のよそに、
汽車は一定のスピードで走る。
冬の街を抜けて、私はどこへ行きたいんだろう。
小さな身体、幼い顔に不釣合いの真っ黒なコートを羽織る。
手が震える。目頭が熱くなる。
マフラーに顔を埋めて、ぎゅっと自分を抱きしめて、ただひたすら耐える。
トンネルの中が、すこしあったかいのは救いだった。
走行の揺れが、時々、ゆりかごのように思えた。
次の駅についたら降りよう。
それまでは瞼を閉じていよう。
帰ったらママに叱られるだろうか。
話、聞いてくれたらいいな。
窓ガラスに頭を寄せて、ちいさく息を吐いた。