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映画『THE FIRST SLAM DUNK』で考える "ブランディング論"

2022年11月4日、公開まで一ヶ月切ったというタイミングで映画『THE FIRST SLAM DUNK』のキャスティングを旧キャストから一新すると公開した事で、大炎上しました。

「旧キャスト陣は高齢化が進んでいるので、キャスト一新は当然だろう。何をギャーギャー揉めているんだ?」
という声もありましたが、真の問題はそこではありません。
今回はこの問題を通じて、ブランディング論を語っていきたいと思います。


1.そもそもブランディングって何?

ブランドイメージとは言いますが、皆様にとって "ブランド" ってどんなものを指しますか?
様々な意見があるかもしれませんが、大まかにまとめると "顧客の企業に対する信頼度" であり、もう一歩踏み込んで言うなら "お前(企業)が何を出そうが信頼して新商品を買うぞ!" というファンの熱量だと私は考えます。

例えば、世界的に有名なシャネルのバッグ。
価格だけ見ればかなり高価な品ですが、世界中で飛ぶように売れています。

なぜ売れるのかと言う話ですが、"価格に見合う品質である事を顧客に信頼されている" 訳です。
大切に使えば10年20年は余裕で使えるので、コストパフォーマンスで考えたらむしろ安いという意見すらあります。

言うまでもありませんが、信頼と言うのは一朝一夕で築く事は出来ません。
長い時間をかけて企業は自分達の製品理念をPRし続け、その主張を顧客が信じた時こそ、ブランディングは確立するのです。

つまりブランディングにおいて顧客の信頼を獲得するというのは至上命題であり、いくら短期的に利益を出せるとしても顧客の信頼を裏切るというのは論外であると言えます。
なぜか?それは裏切られたと感じた顧客は熱量を失い、商品やサービスの購入に躊躇するようになり、最悪二度と戻ってこないからです。

しかもSNS全盛のこの時代、悪評はいとも簡単に拡散されます。
中長期的視点で見るなら、顧客の信頼を裏切るのは悪手なのです。

2.映画『THE FIRST SLAM DUNK』はなぜ炎上したのか?

結論だけ申し上げますと、一部顧客の信頼を裏切ったからです。
ではここで言う信頼とは何か?
顧客が望んでいるものを提供できるかという、その一点に尽きます。

今回、制作側はあまりにも事前情報を公開しなさ過ぎた、それは間違いありません。
それ故に受け手側はそれぞれ "自分にとって最も都合の良い想像" を膨らませて、それが実現すると知らず知らずのうちに思い込んでしまいます。
結果、"当時のスラムダンクの続きを期待していたファン" から「裏切られた!」という声が上がってしまった訳です。

例え騙すつもりは無くても、制作側と受け手側の意思疎通に齟齬が発生すると、受け手側は少なからず裏切られた!と感じてしまいます。
そのためにも、マーケティングと言うのは超重要なのです。

もちろん、声優が変わっても気にしない!という声も多数ありました。
ではファンはそれぞれどんな映画を期待していたのか?
大まかに以下の2種類に分類されると思います。

①とりあえずスラムダンクが映像化されれば良い
→声優が変わっても全く気にしないファン層
②旧アニメの続きを期待していた
→旧作のオリジナルキャスト or 当時の主題歌を期待していたファン層

今回批判しているのは主に②の層であり、その炎上騒ぎは東映の株価下落を招くまでに至りました。
声優変更が発表された2022年11月4日を境に、大きく株価が下落に転じています。

【東映の株価が下落トレンドに転じた瞬間】

「炎上するほど大した問題じゃないだろう」
という声もありましたが、コレが投資家視点で見た真実です。

3.炎上の具体的な原因は何か?

株価下落を受けてか、映画公式アカウントが次のような謝罪(?)ツイートを発信しました。

この発信を受けて、炎上はさらに過熱。
大まかに意見をまとめると「何が悪かったのか公式は全く把握していない」であり、声優入れ替えについて肯定的だった層からも「作品に自信があるのなら堂々としていて欲しかった」という事です。

この件を眺めていた私は、当初
「世界のドル箱IPのスラムダンクなんだ、何かマーケティングプランがあっての事なんだろう」
と思っていたのですが……どうやら本当に(少なくとも指揮を執っている人間は)何も考えていなかった模様。

なぜここまで炎上してしまったのか?
それは "情報を無意味にひた隠しにした"、コレに尽きると思います。

それ故に声優入れ替え否定勢には「チケット販売前に知っていたら買わなかった。騙された!」と言われてしまい、声優入れ替え肯定勢にすら論理的にこの点を擁護している人はいませんでした。
「原作者の決めたキャスティングなんだから文句言うな」というのはただの論点ずらしであり、"情報公開を遅らせた理由" の擁護になっていません。

情報公開を遅らせる意味が(少なくともファン側には)全く提示されず、映画本編のあらすじはおろかどこと戦うのかも明示されず、その割には制作者側のストーリーばかり公開しています。
これでは不信感を持つのも当然です。

【自分語りはやるべき事をやってから】

考えてもみて下さい。
「この薬はよく効くよ!」とセールスに来た人が、「何に効くのか」「どんな成分で作られているのか」も説明せずに延々と「自分がなぜこの薬を作ったのか」を語り出したらどんな気持ちになりますか?
セールスのポイントは顧客が主体であって、制作者ではないのです。

ただし誤解しないでいただきたいのですが、自分語りが絶対ダメだという訳ではありません。あくまでも順番の問題です。

上記の例なら「何に効くのか」「どんな成分で作られているのか」などをしっかりと説明したのち、「実は自分もこの病気で苦しんだので、同じく苦しんでいる人を救いたくてこの薬を作った」と繋げられるなら完璧です。
ストーリー性こそ誰にも真似できない唯一性であり、ブランディングになるのです。

ちなみにtwitter上では
「旧作の声優陣で映画化するなんて公式は一言も言ってない。お前らが勝手に思い込んだだけだ」
と反論する声もありましたが、それも論点ずらしにすぎません。

公式がtwitterを利用している以上、twitter上の
「(旧作の声優さん)の(演じたキャラ)にまた会えるんだ!」
という声を知らなかったとは言えないからです。
もしそれを言ったら、自身の怠慢を公言するようなものです。

【本当ならもっと売れるはずだった】

「でも映画は売れたじゃん」
こう言う人ももちろんいるでしょう。
しかしそれはあくまでも結果論。
SLAM DUNKは世界的IPであり、この程度ではなく本来ならもっと数字が伸びてしかるべきでした。

人間心理は自らの言動に "一貫性" を求める傾向があります。
故に一度でも「もういいや」と思わせてしまうと、もう一度購買に動かすのは至難の業……というかほぼ不可能です。

人を購買に動かすのに最も必要なのは "熱量" であり、理想的なブランディングはお客様に「お金はいくらでも払うから買わせてくれ」と思わせる事。
顧客の熱を奪うなど、決してしてはいけない悪手なのです。

ちょっと想像してみて下さい。
醤油ラーメンが食べたくて店で "ラーメン" を注文したら、味噌ラーメンが出て来た。
「醤油ラーメンじゃないんですか?」と店主に聞いたら「醤油ラーメンなんてどこにも書いて無いだろ」と言われたら?

一見正しいように見えますが、顧客の感情としては恐らく大半の人は
「こんな店、二度と来るか!!」
になる事でしょう。

リサーチを繰り返して顧客と企業側のミスマッチを解消していくのが真のマーケティングであり、ブランディングなのです。

4.ブランディングの必須要素とは?

さて以上の事を踏まえて、皆さんがブランディングをする際の注意点を具体的に考えてみましょう。

【最重要事項は "信頼" 】

まず全ての職種に共通する前提として、顧客に情報を隠してはいけません。
コレはまず絶対だと考えて下さい。
何故なら顧客は事前情報を基に予定や資金計画などを立てるので、情報を隠す事による "顧客側の" メリットは何一つありません。

例えばnote初心者あるあるですが
「有料記事を書いてみたものの、まだ自信が持てないので有料と表記せずに他の無料記事と同じように公開してしまう」
コレは絶対やってはいけません。

読み手はせっかく貴方に興味を持ってアクセスしてくれたのに、さも無料の様に公開されていたら有料部分を見た瞬間
「なんだ、この記事は有料だったのか?だったらそう書いておけ!」
と怒らせて信頼を失うだけです。

信頼――。
それはブランディングにおける最重要事項です。
信頼があるからこそ、お客様はお金を落としてくださいます。

【適切な "ターゲッティング" 】

有料と書いたら誰も読まないのではないかって?
大丈夫、最初から有料と表記して読まないようなユーザーは、そもそも顧客になり得ない層です。

次にブランディングに必要な要素の一つが、"キチンとお金を落としてくれる層をターゲットにする" 事です。

想像してみて下さい。
貴方がレストランに食事に行って、水しか飲んでいないのにやたら声が大きくて店員に怒鳴ってばかりの人がいたら?
そして店側もその人に対して特に何も手を打たなかったら?
他の客様がそのレストランから足が遠のくのは、自明の理ですね。

そう、お金を落とさない質の悪い人間がいると、お金を落としてくれる層は離れて行ってしまうのです。
それを理解すれば、むやみやたらに人を集めれば良いという訳ではないのはご理解いただけると思います。

今回、映画『THE FIRST SLAM DUNK』はそのターゲッティングが甘い、もしくはブレていた印象があります。
ココがしっかりしていたならばあんな下手は打たなかったでしょう。

もし私がこの映画のマーケティング&プロモーションを担当している人間なら、大前提として声優を初期に公開した上でこういうセールスをします。

「誰も観た事のない、新しいSLAM DUNK――『THE FIRST SLAM DUNK』」

コレならば、少なくとも "昔のスラムダンクの続き" と勘違いさせる可能性はグッと減ります。
敢えてターゲット範囲を狭める事で、顧客満足度を高めるのです。
何度でも言いますが、どんなにPRしても "買わない人は買わない"
コレを忘れてはいけません。

5.まとめ

誤解の無いように申し上げておきますが、私は『SLAM DUNK』直撃世代であり、当時リアルタイムでワクワクしながら少年ジャンプを買っていたファンです。
もちろん今回の映画も、発表当初は古参ファンとして大興奮していました。

しかし今回の一連の流れを眺めていて、みるみるいちファンからマーケター脳になっていったのを実感しました。
世界的IPの『SLAM DUNK』ですら、一歩間違えるといとも簡単に失敗する……やはりマーケティングの世界は恐ろしい。

願わくば、コレを読んでいる皆様がお客様の信頼を裏切らず、正しくブランディングできる事を切に願うものであります。

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました!

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