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【完結】言霊(ことだま)の国から来た男 #15
第15話 総理の長い一日
太陽が傾き、空が黄金色に染まる。
魔王を屠ったドラゴンの群れは、何処へ飛び去っていった。最後の一頭が飛び去る前、こちらを見ながらわずかに頭を下げたように思えたが、気のせいだったかもしれないと藤田は思った。
藤田は、スーツのほこりを払い、あらためて服を整えた。四角いメガネにはヒビが入っていたことに、今しがた気づいた。
けれども、それこそが「生きている」ということなのかも知れない。そういった日常の何気ないことに気づく余裕があることこそが。
仲間たちは、藤田を囲んだ。
「やったな……ソーリ!」
マーカスは拳を作って、藤田の胸にあて軽く押した。マーカスとしてはほとんど力を入れたつもりはなかったが、藤田はよろよろと後ろによろめき、グロリアにぶつかった。
「あっ、すいません」
藤田は恐縮したが、グロリアはおかまいなしに藤田を後ろから抱きしめた。
「聖騎士として、あんたの名誉を讃えたい。あんたは、最高の勇者だった。見た目だけで判断しては、いけない」
グロリアはそうつぶやき、腕に力を込めた。
藤田に、その豊満な抱擁を味わう余裕はなかった。息が出来ないどころか肋骨も痛くなった藤田は、グロリアのたくましい腕をポンポンと叩いた。
ようやく解放された藤田は、バヌスとカールゲンに向き直った。
「あんたを召喚して、よかったよ。ここへ来たのが不本意だったとしたら、謝罪する」
カールゲンがくぐもった声でいう。陰気で何を考えているか分からないときもあるが、ともかく藤田をこの世界に召喚したのは彼だ。複雑な思いがないわけでもないが、その言葉には救われた思いがした。
バヌスは目に涙を浮かべ、声を上げて泣きはじめていた。
「魔王を倒したのはうれしいが……あんたと分かれるのは寂しい。妙に親近感を感じるのでなぁ。元の世界でも、頑張れよぉ」
藤田は、微笑した。
仲間と別れるのは寂しいが、ようやく、肩の荷が下りたという感がある。
「なんといっても、私は魔王と戦ったのです。もはや、アメリカ大統領だって全然怖くない」
藤田は冗談ぽくつぶやいた。
マーカスは小さく何度かうなずいた。
「アメリカ大統領とやらが誰か知らないけれど、あんたは世界で最も偉大な指導者になるだろう。俺たちが保証する、太陽の国のソーリよ」
その言葉を聞いて、藤田は口元を歪めた。
「その言葉、マスコミに向かって言ってほしいですよ、本当に」
魂を失った魔王の巨大な亡骸が、その力を留めおくことができずに次第に姿を消していく。太陽はさらに西に傾き、消えゆく魔王の亡骸の影を長くした。
「そろそろ、お別れかもしれません……いろいろ大変でしたが、みなさんには感謝します」
藤田はそういって、深々とお辞儀をした。
マーカスは、最初に藤田がこの世界に現われたときのことを思い出して、思わず笑った。
「なんだ、それは。あんたの国の挨拶なのか?」
藤田はわずかに頭を上げ、頬をゆるめた。
「そうですよ」
そうして、再びお辞儀をする。
背後では、魔王の亡骸が姿を消した。その邪悪な魔は、再び世界へと還っていったのだ。
藤田のお辞儀は続いた。
太陽が沈み、日が暮れる……お辞儀した藤田は、そのままだった。
藤田は、思わず頭を上げた。
「私、ここで元の世界に戻る流れではなかったの!?」
四人の勇者たちは互いに顔を見合わせ、肩をすくめた。
異世界の長い長い一日が、終わる――藤田は、そのままだった。
結局のところ、藤田が元の世界に戻るまで、一年の時間をアリアネス王国で過ごすこととなるが、それはまた別の話……
おしまい
(あとがきを読む)
(はじめから読む)