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Liberté

ふと思い立って、匿名でメッセージを募集できるアプリを使ってみた。かなり前に使っていた「質問箱」というアプリはどうやらもう利用できないらしく。今の主流は「マシュマロ」なるものらしい。あらかじめ届いたメッセージが選別されて表示されるらしく「匿名のメッセージは受け付けるのに、悪口はこない」のが特徴らしい。

悪口が届かない? そんなことはできっこないだろうと思った。たぶん「バカ」とか「死ね」とか、そういうわかりやすい言葉を弾くことはできるのだろう。死ねと言われえて喜ぶ人間はいないだろうから、純度100パーセントの悪口として判定することができる。しかし、大概の場合、その言葉をどう受け取るかは人それぞれである。それを悪口ととらえるかどうかはその人の人生、環境、性格などによるのだから、それをいちいち判断するなんて途方もない。そして、たかがアプリを使うにあたって、そんなことをゴチャゴチャと考えることも、また途方もないことである。

募集を始めると、さっそく何件かの「マシュマロ」が飛んできた。「ファンです」とか「好きな音楽はなんですか」とか、弾かれたのかどうかは知る由もないが、たしかに他愛もなく平穏なコメントが届く。自分で募集したくせに、受信箱に一気に溜まると放置ぎみになってしまうのが私の良くないところだ。質問が地層のように重なっていくなか、上澄みを掬うようにして新しいものから回答していく。しばらくそうしていると。こんなマシュマロが飛んできた。

「ムスリマなのに酒吞んで、家系ラーメン食われたりで、このままではタクフィールしますよ?」

ほら、来たじゃないか。悪口が。

ムスリマ、よく使われる言葉に言い直すとムスリム、イスラム教を信仰している者のことだ。イスラム教では、酒を飲むこと、豚の肉およびその成分が入ったものを摂取することが禁忌とされている。タクフィールとは、破門のこと。その者に対して不信仰者宣告をすることを意味している。

私の父は敬虔なムスリムだ。酒も豚も決して口にしないし、足を洗い、毎日5回のお祈りをする。私はお祈りまでは強いられなかったものの、皆が給食でおいしそうに食べるものを決して食べないように教育され、異性との交流を制限されて育ってきた。神様は見ている。天国に行くために、よい子にしなければならないと、訳も分からないままそう教えられてきた。握手は右手、ディズニーランドでポップコーンバケットにつっこむ手も必ず右手でなければならない。そうでないと、私は父に叱られてしまう。神より父のほうが、よっぽど怖かった。

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「もっと知りたい。こんなとき、貴方になんと伝えようか。もっと聞きたい。貴方はなんて言ってくれるの。」 月2回更新します。

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