しつこいナンパ
休日に人と会う予定がキャンセルになり、最寄りのサイゼリアに6時間ほど籠城して本を一冊読み終えたあと、レイトショーで「哀れなるものたち」観た。
映画は評判の通り素晴らしいものだった。私はU-NEXTのポイントでお得に映画が観られたことと、売店で買ったジェラートとフライドポテトで甘みと塩気を交互に楽しめた充実感を身に纏って映画館の外へ出た。なんだか自分も主人公のベラのように聡明になったような気がして、黒いコートを夜風に靡かせながら無表情で顎を上げて颯爽と歩く。
23時を過ぎた頃の桜木町駅周辺には、もはや数えられるほどの人しか見えない。観光客用に作られた、バカみたいに短くて、バカみたいに割高のロープウェイも動いていない。いちど、酔った勢いでひとりで乗ってみたことがあった。たしかに夜景は綺麗だったが、ゴンドラの窓に反射したひとりぼっちの自分が目に入り、途中からはなんとも虚しい気分になって「早く下ろしてくれ」と心の中で呻いていたような気がする。
駅の反対側の飲み屋街に行けば、まだ人で賑わっているかもしれないが、すでにサイゼリアでワインを何杯か飲んでいたので飲みなおす気にもならなかった。それにしても風が冷たい。どうして桜木町はいつも風が強いのだろう。すこし離れたところにあるコンビニを目指して小走りで歩いていると、横断歩道の前で誰かが横から声を掛けてきた。
「おねえさんこんばんは、おねえさん」
ナンパだ。私の右後ろにいるようで姿は見えなかったが、その台詞とナンパ特有の早口を聞いてなんとなく察した。人助けが趣味である私は、突然「すみません」と声を掛けられると、反射的に「はい」と返事をして立ち止まってしまう場合が多い。何か困りごとかと話をきいているうち、なんだナンパか、とがっかりすることが何度もあった。
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【note連載】言葉
「もっと知りたい。こんなとき、貴方になんと伝えようか。もっと聞きたい。貴方はなんて言ってくれるの。」 月2回更新します。
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