上野公園行バス 羽田行の飛行機

早稲田に出て
夏目坂の辺りから
都電の乗り場まで行く途中に
上野公園行の都バスが来たので
歩いていた道を戻って
バスに乗る
バスの窓から見える景色を見ながら
この前福岡空港から乗った
飛行機の窓から見たものを
思い起こそうとしたけど
あの時
飛行機から地上の光を眺めながら
なんでだか父親の姿が
初めて感じられて
飛行機の窓の硝子一枚向こうに
言葉が行ったらいいのにって
願った
父の姿が自分にはいつも遠くて
捉えようもなかったから
父に向けて出る言葉を
持ったことがなくて
父もこちらに向けて出る言葉は
無く
等距離でいるように
立っていた
九州へ行く前日
遠くの友人から電話が来て
午前中のバイトが終わって
無事に着いたら連絡すると伝え
「どうする?」と連絡すると
「後藤寺はわからんから伊田にしよ」
と伊田で待ち合わせ
駅のベンチにいたら
Iが来て
「この辺り紹介してください」
と言うので
「そんな知らんしね 車どこ?」
「向こうの方 ずっと先」
「そうなん 
 引き継ぎで延長するとか珍しいね」
「冷蔵庫は?」
「買ったよ」
「音は?」
「大丈夫」
「慣れた?」
「慣れたのかな どうかな」
坂を上っていくと神社があって
更に歩くと小学校があって
小学校の校庭を少し眺め
落ち葉がたくさんある方の
道を行こうとしたら
Iがそっちはやめようと行ったので
駅の方に戻ってから
すべてシャッターが
下りている商店街を抜け
川に出て途中コンビニで
「夕食買わんでいいの?」
「どうすっかな 見てるとなんか
お腹いっぱいになるな」
と何も買わずに駅に戻り
また似たような道を歩き
「これ 持っていく?」
その日行った珈琲屋さんの豆を渡す
「どうも」と豆をポケットに入れ
「美味しかった?珈琲?」
「美味しかったよ 前回送ったのどうだった?」
「あれSの焙煎?」
「違うよ 京都の豆」
「うまかった 少し酸味あって」
「これ読まない?」
一瞬表紙を見て
「いや いい もう 読んだ?」
「読んだ 小説だから言葉で表現はされてるけど 行動で表現してる本だった
明日帰るから荷物軽くしよ思ってさ」
「明日 どこ行くの?」
「決めてないよ 空港に向かうだけだし」
「そうやろうけどさ」
「本 読んでない?」
「読んでない」
また駅の方まで来て
川沿いを歩き
「このコンビニが最後だよ 夕飯買うなら」
「そうだね」
「このカレーばっかり食べとった 前の職場の時さ ここが一番近いコンビニやったし Sの味覚とは違うかもしれんけどさ」
「かしわうどん 茶漬け 茶漬けかな」
「少なくないかね? 梅干しとかが似合うけどねSは」
「こっちかね」
しゃけ茶漬けを買って
橋を渡る
何周かしているうちに
日は暮れていて
橋を渡ったら
一瞬暗闇で
暗闇に入るように歩く
駅のロータリーに戻り
「じゃあ 元気でいてください」
「そっちも すこし 瘦せたかね?」
「わからんね 変わらんと思うけど 
また 気をつけて」
またと言っているものの
先の時間のことはわからない
決定権がないことを引き受けたので
悲しくはなかった
バスは春日の辺りから本郷に向かって進む
早朝の早稲田駅
仕事終わりの大塚駅の駅ビル
レンタカーを返した後の高田馬場
松本駅近くのA宅
三年前の小倉駅
去年の黒崎駅
空港へ向かう途中の
若松から戸畑へ渡る船
若戸大橋
風景を浮かべて
そこで出て来なかった言葉が
空間に泳いでいるような
消えることなく
景色の中を遊泳している
父といた
病室で
発することのなかった言葉は
飛行機から見える夜景と
混ざり合うようで
七尾旅人「Long Vonyage」を
聴きながら
Iに二年前に言った言葉は
Iに向けてじゃなくて
父に向けてだったこと
言いたかったかもしれない言葉
欲していた言葉
全てが飛行機の窓から見えるものと
繋がって見えた
見ていたから何も
発せなかったこともある

言ってみることに
発することに
意味はなくても
言ってみても
よかったんだろうな
と思えたら
あなたとの間に隔てるものを
決壊させるように
自分の中で
波だった
英彦山を下ってる途中で見かけた
小4くらいの女の子とお父さんが
会話しながら山道を歩いている
「ここにも かみさま? いる?」
「ここにも おるよ」
自分も小さい頃に
父と山を歩いた
父の姿はその頃も
遠かった
狡さや善良さの配分も
父には見えなかった
二年前に出た言葉は
蓄積していたものが
咄嗟に表出したものかもしれない
たぶんIは
理不尽な言葉に感じただろうし
会わない選択も
考えたんじゃないか?と
思うけど
あの時Iが飲み込んでくれたのなら
それはささやかな支えになるだろう
また会えたことは
かすかな支えだ
父は
そこに
隣に
いただろうか?
移動する飛行機の外に
出ることはできない
機内から
投げかける
いてほしかったな

いてほしかったな

言ってみる
言葉にしてみる
言葉は全てはではない
そこにいると思って
発することしかできない

いることでしか
現せないんじゃないかな
上野から小瀧橋車庫へ
向かうバスの中で
風景は切り替わって
彦山川のほとりで
缶ビールを
飲みながら
考えて
ただ川を眺めた
その時の川を撮った写真は
近くの友人に送ったんだ






















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