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ボヘミアン・ラプソディ和訳・深掘り⑥オペラ風パート1/4

こんにちは、みみです。

フレディ・マーキュリー作詩の楽曲ボラプの和訳に挑戦中です。


前回までは、バラードパートを4回にわたり深堀りました。

今回は、いよいよオペラティック・パートです。


お気づきだと思いますが、このパートも4回でお送りします。


実は、バラードが謎だらけで、考察も妄想だらけになり、やっと終わったとホッとしていましたが、訳すうちに、実はこのオペラティックパートもかなり手ごわく、一筋縄ではいかないと思うようになりました。

最初は、少し長いので3回に分けようと思いましたが、全てが謎だらけで、3回じゃ終わらないことに気づきました。

よってまずは、最初に私なりの訳し方を解説してから、肝心の訳はさっと終わらせようと思います。よって4回コースにしました。


というのも、スカラムーシュビスミラーなど、なじみのない言葉が出てくるだけでなく、誰がしゃべっているのか、何人でしゃべっているのか、まったくわかりません。

これはボッティチェッリの絵画と同じく、当時貴族しかその意味を知ることができなかったように、読み方には知識が必要なのかもしれません。

つまり、スカラムーシュとは何か、そもそもオペラとは、などを調べることから始めなくてはいけません。

ちょっと大変です。

ただ、フレディも、このオペラパートは3人で180人分の声を作り出しているほど大変な時間と労力をかけたというので、読む側もそれくらい覚悟しないといけないかもしれないです。


では、まず、私のボヘミアン・ラプソディ全体の訳し方の考え方について説明します。


私が思ったこと、それは、この曲すべてを通して、この物語は順番通りではないのではないか、ということです。

最初のコーラスはサマリーだとしても、間の、バラード、オペラ、ロックは順番通りではないかもしれないと思うと、歌詞の意味的には、少し腑に落ちる部分があります。

そう思ったのには理由があります。


まず、私がボラプ歌詞を見て思い浮かんだのは、薬学部の授業で「スピリチュアル・ケア」の一環として習った、「死の受容」です。


「死の受容」は、1969年にエリザベス・キューブラー・ロスという女医が、がんなど、死の宣告を受けた時の患者の反応を段階として示した仮説です。

死の受容には、6つくらいフェーズがあり、順番に、①否定(・孤立)、②怒り、③悪魔と取引、④鬱(うつ)、⑤受容となります。

詳しく説明すると、まず宣告を受けると患者は、死の運命を否定(・孤立)し、周りに怒りを表すようになり、どうにかして生きようと悪魔と取引し、鬱(うつ)になり、最後は受容するというものです。

(因みにスピリチュアル・ケアとは、日本語では霊的ケアと訳され、キリスト教的観点のものです。病院などで死を直前に人々が「なぜ人は生きるのか」「人生に意味はあったのか」などと考えるようになり、それを牧師やチャプレンというボランティアなどが手助けするケアです。日本では看護師さんが行うと思います。)

キューブラー・ロスは、ドイツで生まれ、アメリカで活躍した医師です。元は霊的世界は信じていなかったそうですが、臨死体験をした患者があまりにもはっきりと覚えているので、死後の世界を少し信じるようになったそうです。当時、病院でなくなる患者の扱いがあまりにも悪かったため、ショックを受け、そういったケアで患者に貢献した人物です。


ボラプの物語が、少年が死に向かっていくと考えて、これに当てはめると、順番としては、

最初のコーラスは、④ウツから⑤受容、

バラードが、①否定・孤立から②怒り、(または④ウツや⑤受容もあるかも)

オペラティックが、③悪魔と取引、

そしてハードロックが、②怒り、

そして最後が、最初に戻って、⑤受容、

と考察します。


そう、この理論に従うとすると、この曲は順番通りではないのです。


耳で聞くと、こう思ってしまう。

最初は、何を言ってるかよくわからないままぼんやり始まり→次におだやかな殺人告白と自らも死ぬようなほのめかしと旅立ち宣言→次に騒がしいコーラス合戦で魔王(?)と天の声みたいなのと少年で交渉→拒否された上に悪魔を放たれて懇願から一変して派手に少年がキレる→最後は大騒ぎの末「でもどうでもいい」、という穏やかなエンディング。

確かに、音的には、静か(アカペラコーラス)→徐々に盛り上がる(バラード)→変調したのち、緊張状態(オペラ)→解放、最高に盛り上がる(ロックンロール)→穏やか(バラード2)となり、順序良く進みます。特に、怒りのロックンロールはライブのみんなが待ち望んでいる部分です。

音楽的には、とても良い順番です。


しかし、もともと、映画のボラプでも言っていた通り、この曲は3つの曲を合わせたものです。

つまり、3つの違う曲を合わせています。

恐らくそのうち2つは、バラードパートとオペラ風パートだと思います。もう一つは短いけどハードロックか。

歌詞や物語がその時ついていたかはわかりません。ボラプの収録アルバム「オペラ座の夜」の作成の時、歌詞の書かれた何千枚というメモを持っていたようです。

もとは別の曲をつなげているので、音楽的な構成を重視して、物語の順番は違う可能性は大いにあります。

しかも、真ん中のオペラパートは意味が全く分からず、何が起きているのかなんとなくしかわからないので、ただ騒がしいだけとしか思えない。だから、私たちが聞いていても順番が違うとは気づかないのではないか。

(あとは、これを言うと元も子もないが、そもそも3つの物語はつながっているように聞こえて、実はつなげていないかもしれません。)


とにかく、長くなりましたが、私の仮説では、このオペラパートは「死の受容」における③「悪魔と取引」段階である、と考えました。

そして、死の受容プロセスにおいては、「何をしてもいいから生き延びたい」、という場面なので、少年が悪魔に巻き込まれたというより、少年の方から、悪魔(魔王)と交渉しているのではないかと考えました。

そして順番としては、怒りのパート(ハードロックパート)が先に着て、それから悪魔と取引するオペラパートが来るのではないかと推測しました。



このような軸を一本入れないと先に進めないと思い、この考え方を先に入れさせてもらいました。次回からは内容に入っていきたいと思います。

ありがとうございました。

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