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狸と木ノ葉②
僕は台所でパスタの続きを茹でた。余熱で少し柔らかくなっていた。
「どうぞ適当にくつろいでいてください、すぐにできますから。」
僕はフライパンでソースを混ぜながら言った。
「すみません、そうさせてもらいます。」
男はダイニングをキョロキョロと何かを点検するように見ていた。
パスタが出来上がり、ダイニングへ持っていくと
男はリュックを背負ったまま座っていた。
匂いを辿って藪に入り、リュックを背負ったまま椅子に座る男。
僕は思い返したがそういった人物には今まで出会ったことがなかった。
何故下さないのだろう。僕は男に出来上がったパスタを渡した。
男はパスタを食べながら、自分は貫田と言う者だと言った。
貫田、ぬきた、ヌキタヌキタヌキ……。狸じゃないか。
まさかさっきの狸が飯を貰いにきたのではあるまいな。と僕は思った。
どこかのドラマで見たような話だ。
「タヌキじゃないですよ、貫田です。」貫田は笑いながら言った。
どうやら心の中で言ったつもりが声に出ていたらしい。
「すみません、声に出したつもりじゃなかったんですが。」
「いいんですよ、学生時代は友人達にそう呼ばれていたから。名前もそうだけど、なんでも顔のほりが深いのが狸に似ているらしい。」
そう呼ばれていたのか。
言われて見ると狸のようにも見えなくもなかった。
どちらかというと白髪混じりの硬そうな毛がハイエナに近い気もするが。
リュックは何故そうしているんだ。
「私は都内の大学で教授をしていてね、今日は落ち葉を集めに来たんです。」
僕が聞いたわけでもなく貫田は自分の身の丈を話し始めた。
自宅の庭の木から毎年大量の落ち葉が出ること。学生が揚げ物油で石鹸を作っているのを見て、落ち葉でもできるのではないかと閃いたこと。
携帯性があり、キャンプなどのアウトドアシーンで重宝されていること。
「とまぁそういった研究をしており、
今日は石鹸を作れそうな落ち葉を探しに。そうしたら道に迷ってしまって。」
貫田はパスタを食べ終えてテーブルのカラフェから
グラスに水を入れてそれを飲んだ。
「立派な研究をされてるんですね。さっきは狸などと言ってすみません。」
「そんな大層なものじゃないよ。狸は合ってるかもしれないけど。」
男は照れくさそうに言った。
「立派ですよ。最初は自宅の庭のことでも、今はこうして人や環境の役に立っている。なんとなく都会で生活するのに疲れたので思いつきでここでコテージを貸してますが、人の役に立っているとは言えないですから。」
僕は少し恥ずかしくなった。
貫田に話したのは本当のことだった。仕事が上手くいっていなかったわけではないが、なんとなく会社で毎日働くことが嫌になりこのまま定年まで働き続けるくらいなら思い切って辞めてしまおうと、辞表を出した。
たまたまいい条件の物件が見つかり、生活するために必要に駆られて
このコテージを始めただけだ。誰かの役に立とうという思いなどなかった。
それどころか僕の勝手な思いつきで狸や野生動物たちの棲家を奪っているのかもしれない。
「でも、僕に水をくれて、飯を作って食わせてくれたじゃないか。」
彼はリュックを背負ったままそう言った。
僕も昼食を食べ終え、二人で食後のコーヒーを飲んだ。
貫田はその間ずっとリュックを背負ったまま椅子に腰掛けていた。
しばらく当たり障りのない話すると貫田は落ち葉を集めに行くと言った。
「パスタ、ごちそうさま。これよければお礼に。」そう言うと胸ポケットから自分の名刺と葉っぱの形をした石鹸を僕に手渡した。
「帰り道も分かりづらいですから、気をつけて。」
玄関で貫田を見送ってそこで別れた。彼はまた藪の中へ入っていった。
背負っているリュックが、狸が頭に乗せている葉っぱのように見えた。
僕は誰かの役に立てているのだろうか。
僕は森を切り拓いてここで生きている。
それは本来とても責任のあることのように思えた。
その日の夜、コテージのホームページを作成した。
前の仕事でホームページ作成には慣れていたため、
そう時間は掛からなかった。そういえばここの名前も決めていなかった。
人を呼び込むには名前が必要だ。
僕は昼間もらった葉っぱの形の石鹸を指でくるくる回しながら考えていた。
しばらく考えたのち、思い浮かんだ名前をノートに書いてみた。
いい響きだ。少しは人の目に留まってくれるだろうか。
これで僕も誰かの役に立てるだろうか。
作業の疲れがどっと出るのを感じた。
僕はパソコンの電源も落とさずそのままベッドで眠ってしまった。
ホームページにはこう書かれていた。
「狸と木ノ葉」
このドラマから着想を得ました。オススメです。
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