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太陽のように①

「お別れの挨拶もなしか?」コンドーは笑いながら言った。
日が出始めて気温がまだ上がりきらない、冬の寒い朝だった。
僕が表に出すまいと努力していた何かを察した様子だった。

そう言ったきり彼はそれ以上何も言わず、自らの生活の範疇に戻っていった。僕も何も発さずに机の上に鍵を置き、まとめた荷物を持って出て行った。

 いつもなら清々しい早朝の太陽の光にあたっても、その時は何も思わなかった。あるのは自分の中にある見覚えのない無感覚さだけだった。

 12月に入った頃、僕は友人たち4人で前々から計画していたキャンプをするため早朝から東京近郊の山へ向かっていた。朝早くにレンタカーで行く必要があったため僕はコンドーの家に前泊しており、二人で迎えの車を待っていた。

早朝ということもあり、お互いあまり言葉を交わすこともなかった。ただ昨日はよく寝れただとか、朝ごはんは軽く食べていくかなどの当たり障りない話をした。隣人に天気とその日の朝刊の話をするときのように。程なくして迎えは到着した。

 僕は助手席、コンドーは後部座席にそれぞれ落ち着き、それぞれ横に座っている者と込み入った話をしながら高速は使わずした道でキャンプ場を目指した。僕とコンドーは近場に住んでおり、よく酒を一緒に飲んだり映画を見たりしていたので、久々にあった者同士で自然に会話が盛り上がった。
23区を出て、府中のあたりでマクドナルドに寄って軽く朝食を済ませた。

 目的地が近づくに連れ、下道は少し渋滞するようになった。
後部座席の2人は話題が尽きない様子で延々と何やら下世話な話しをしていた。今年は例年より気温が高いせいか向かう途中山の方に見える木々がまだ色付いていた。僕はそれを眺めながらぼんやり考え事をしていた。

 どうも半年くらい前からコンドーの様子が変だ。人を道具の扱うようになり、よく酒を飲んでは何かに対して暴言を吐いていた。もちろん頻繁に会っていたので、原因になることのいくつかは僕にも分かっていた。

しかしそれは本人が能動的に行動して乗り越えるしかないような事柄だったように思う。そのため今は一緒に居てやるのがいいだろうと思い、ここ半年はこれまで通り映画を見たり、一緒にゲームなどをして過ごしていた。
その中でコンドーは時折、自然に触れて癒されたいと言っていたので僕が今回のことを企画した。

 元々かなりの奇人ではあったが、以前はもっと思いやりと礼儀のある人物だった。好奇心があり色々な物事に対して行動力と情熱を持ち合わせていた。今は自分の目的や一時的な感情のために、長い付き合いということを理由に無茶な手伝いをさせたり、相手の気持ちを考えない暴言を吐くなど暴君のような人物と化していた。

余裕がないのかその日もキャンプ場へ向かう道中や目的地についてからも、終始関わるもの全てに礼儀や尊敬の念を欠いた言動を繰り返していた。他のメンバーも流石に異変に気付いた様子だった。皆腫れ物を触るように接し、今の様子のおかしくなってしまった彼を静かに見守っているようにも見えた。

 目的地まであと30分程の距離まできたところで、たまたま開催されていた駅伝の影響で通行止めになっていた。キャンプ場まではその道を通らないと何キロも迂回して行かねばならず15分ほど立ち往生を余儀なくされたが、少し手前で通り過ぎた別のキャンプ場があったので、そちらへ向かうことにした。幸いそちらはかなり空いていて、川のそばで焚き火もできる
いわゆる穴場スポットだった。
 
川は小さい渓谷の真ん中を通っており残念ながら日は当たらなかったが、
あらかじめ他の来場客が作ったであろう石の焚き火台(のようなもの)のある、奥の方に拠点を構えることにした。少し肌寒かったが、少し離れた方に紅葉も佳境の楓やブナの木々があり、太陽はそれらの木々をなんの見返りも求めず、無条件に照らしていた。

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awabuk
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