見出し画像

藍でつくられる色ⅰ − 藍色

平安初期の年中行事や諸制度を記した『延喜式』には、古代の朝廷運営マニュアルの具体的な内容が詳細に書かれています。同書の『縫殿寮』は衣服の裁縫などの管理監督の役所で染色材料や染色法なども記載されています。当時の標準色を染めるための取扱い説明書として興味深い史料です。『延喜式縫殿寮』には濃度によって深・中・浅・白の4段階の染め方と用度が記載されています。得たい色は材質が綾・帛・糸の違いによって染料の量が異なりますので、記されている内容で全てを比べることはできません。しかし藍色の色相を考えるにはこの資料が重要だと思いますので、一部で比べてみたいと思います。藍色とは緑味の青色で、藍と黄檗、刈安などで染めたものです。

比べる色は糸1絇(すが)の色名と材料です。1圍は両手を伸ばして抱えるぐらいの量で、1両は41~2gです。「深藍色 藍一圍小半黄檗十四両」「深縹 藍四圍」「深緑 藍三圍苅安草大九両」これから推測すると深藍色でも、現在思い描く印象の藍色よりも薄く黄味が強いようです。

次は「浅藍色 藍小半圍黄檗八両」「黄浅緑 青浅緑 藍小半圍黄檗八両」浅藍色と黄浅緑の材料が同じなことから大体想像できます。黄浅緑は鮮やかな黄緑色で「きのあさみどり」と読み、黄味が強い黄緑だといわれています。青浅緑が並列して記されていて、同じ色とする説もありますが、同じ染材を用いても染める順番や他の要素で色合いは変わります。藍で先に染めた場合と黄檗を先に染めた場合とでは、色相はずいぶん違います。どちらの色にしても相当黄味が強い青色なのではないかと考えます。平安時代の実際の布は残っていないため、当時の装束を彩る有職の色を再現した書籍などは、染色法から想定した色で藍色も色目を表しています。しかし日本の色を示す現代の書籍や色名帳では藍色を青味の強い色に想定しています。藍色は藍草が成長する過程の葉の色相を、真似たような色ではないでしょうか。

初め黄味のある色として用いられていた藍色が、「純粋な深い青色を藍色と呼ぶようになったのは、江戸時代以降になってからです」と、多くの方や書物や解説などで云われていますが、用例が見つかりません。能因本『枕草子』(10世紀後)「あゐときはだと」や、連歌論書『筑波問答』(14世紀後)「あゐより出てあゐよりあをく、水より出て水より寒し」など藍草を意味する「あゐ」を記したものは見つかりますが、青色として「藍色」が衣装などに使われている書物を殆ど見ることがありません。浮世草子『好色万金丹』(1694)の中に「かかる家の女郎は、白縮緬に縫紋の小袖を浅葱に染め直し、其次を空色、其跡をあゐみるちゃに焼き返す事お定まり也」使用しながら藍で染め重ね、布帛が大切に扱われている様子がわかります。江戸時代の藍はあくまでも染料で、濃淡を表す色名は浅葱・千草・はなだ色・御納戸色・瑠璃色・瑠璃紺などが登場しますが、所説の藍色が江戸時代に使われていた例言を知りたいです。

明治になると森鴎外、夏目漱石、有島武郎、永井荷風、三好達治など多くの作家の文章で青色の表現に藍色が使われます。インド藍の輸入が多くなり、文明開化と共に西洋語で書かれた書物が一般でも多く読まれるようになり、知識階級の人たちが「indigo」の 翻訳語として「藍色」を使い始めたのかも知れません。それでも当初はインド藍などは「藍靛(らんじょう)」と呼ばれていましたが、合成藍が主流になるころには藍染の色が藍色になり、江戸時代に瑠璃紺・瑠璃色・御納戸・千草・はなだ色と呼ばれた色も紺色、藍色になりました。

近・現代での藍色を説明すると「藍で染めた青色の一種。青より濃く、紺より淡い色」(染色辞典 中江克己編)というのが一般的でしょうか。産業革命後の合成染料の発明で藍色の意味が変化しました。かつての藍色は「藍の単一染の色ではなく、藍染の青に黄を加えた緑味の青色のことである。縹(はなだ)のような純正の青色ではない」(日本の伝統色 長崎盛輝)という説明は通常の会話では通用しなくなりました。 

合成藍の普及が始まったころは、古の「藍」で染めた色に似ているということから「藍色」と呼ばれていたものが、その後広く使われるようになります。そして今度は天然藍で染めた色を指すように「藍色」が使われだしました。実際の染料はほとんどが合成藍や化学合成染料だと思いますが、それとともに「藍色」の着物や帯が一緒に身に着けている白、薄い色のものを藍で染めてしまうことも常識になってしまいました。

言葉の持つ意味が時代とともに変化するのは妨げられませんし、受入れないといけない事かも知れません。しかしそれとは別に技術や材料の持つ意味は、正確に説明し続けないと本来の技術は消滅すると思います。時代が大きく変わっている現在、世界には多くの種類の藍があり若者の間でも天然藍は興味をもたれていると思います。多くの青色染料が出現してから一度も藍の定義がなされていませんが、今後を担う人たちに藍の定義をつくっていただきたいと望みます。

参考:「日本の伝統色」長崎盛輝 京都書院

                    ✦✦✦✦✦

https://www.japanblue.info/about-us/書籍-阿波藍のはなし-ー藍を通して見る日本史ー/
2018年10月に『阿波藍のはなし』–藍を通して見る日本史−を発行しました。阿波において600年という永い間、藍を独占することができた理由が知りたいと思い、藍の周辺の歴史や染織技術・文化を調べはじめた資料のまとめ集です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?