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神宮の風景・西浦直亨

写真整理をしていていつも奥歯をかみしめる、1塁側カメラ女子にとっての課題。
そう、『フェイスガードの弊害』だ。

ヘルメットのフェイスガードは、ここ数年でスタンダードになった。特に、東京ヤクルトスワローズは、宮本慎也ヘッドコーチの「バッターボックスで低い球の目線を切れる」という鶴の?燕の?鬼の!一声で、いち早く取り入れられた。安全第一の意味も、もちろんある。ありますよね?しんやさん。

いつも1塁側内野席に陣取る私は、バッターボックスに立つ左バッターを背中から撮る。私は、野球選手の背中が大好きだ。なのでそれはいい。ただ、振りぬいて体が反転するその瞬間の表情が、うまくフェイスガードに隠れてしまう。打って一塁に打って走る時も、常にフェイスガードが顔を覆い、とにかく見えている顔の面積が狭い。

▲多分、青木宣親

1塁側内野席にいる私に問題がある?その通りだ。ただ、逆もまた真なりで、3塁側から右バッターを撮れば同じ状況下に陥る。結局誰かの顔は、ツヤ紺のフェイスガードに隠れてしまうのだ。

フェイスガードとともに、最近広まったと思われる言葉がある。
『コンディション不良』。よく聞く言葉だ。だが、抽象的だ。
上半身のコンディション不良なら肩肘、下半身のコンディション不良なら、足腰。痛みか違和感か何なのか。でも多分、どこかを痛めたのだろうと素人でも推測はできる。

2019年5月12日東京ドーム。ビジターの試合はほぼTV観戦の私は、家で今日の試合を見ていた。なおみちはスタメンで出場していたが、2回に廣岡大志と交代してしまった。実況のアナウンサーが「エレベーターを使って東京ドームを後にしたそうです」と説明する。解説者が「そうですか……」と相づちを打つ。あえてそう続報を入れるなんて、東京ドームでエレベーターを使って移動することに、重大な意味があるんだと勘ぐってしまう。よほどのことなのか?大丈夫なのか?不安が一気に心に広がる。
結局なおみちは、「下半身のコンディション不良」で、翌日の5月13日、登録抹消となった。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

それから2か月も経った、7月8日。
なおみちが、神宮に、帰ってきた。
なおみちがいない間、ヤクルトはたいへんだった。みんなが辛い思いをしていた。この時に戻ってきたなおみち。きっとそうだ、なおみちが救世主なんだ。なおみちがショートにいる神宮の風景を感じながら、そんな思いに浸っていた。

時は来た。フェイスガードをものともしない、右バッターの登場だ。そうだ、そうだった。しばらく見ていなかったなおみちのバッターボックスが、とても懐かしい。

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

それから10日後のことを語るのは、これが初めてだと思う。口にするのもはばかられる、悲惨な現場だった。

走者と二塁上で交錯した直亨は、“のたうちまわる”という表現のとおり、腕を押さえ転げまわっている。起き上がれない。ナインが集まる。一塁コーチャーの土橋勝征もセカンドへ。ベンチから、宮本慎也も駆けつける。ただごとではないこの状況に、球場は息をのむ。ただ見守るしかない状況で、抱えられ起き上がった直亨は、ベンチに引き上げていった。

左橈骨頭骨折。たしかに肘のあたりを押さえていた。コンディション不良どころではないことくらい理解はできるが、帰ってきてまだ10日しか経っていないところでの、あの事故。神はいるのか。いるならなんで、直亨に野球をさせてくれないんだ。ここは、明治神宮野球場なんだぞ。今年は50周年の記念の年なのに、なんでこんな年なんだ。なんで!

直亨はまた、神宮の風景から消えてしまった。


9月26日木曜日。戸田のファーム最終戦に、なおみちはいた。捕球からスローイング直前の動作まで。まだ投げられないらしい。骨折だからな。回復しても慎重に治していかないと。焦ってはだめ。そう自分に言い聞かせながら、久々に見たなおみちの姿を追う。

こんなとき、つくづく、ファンは部外者だと思う。なおみちにしてやれることは、何もない。あの日の神宮も、今日の戸田も、私はただなおみちを見ているだけだった。

「ショートの固定ができなかった」。2019年の内野守備は、そんな総括のようだ。
そうなのかもしれない。でも私にはピンとこない。だって私は目の前で1年間、奥村展征の、廣岡大志の、吉田大成の、神宮のショートの風景を見てきたのだ。どん底のシーズン、ヤングスワローズは、頑張って頑張って野球をしていた。
でもだからこそ、その熾烈なポジション争いを牽引する西浦直亨がいないショートは、やはり違うのだろうとも思う。

神宮に直亨がいることは、もはや“風景”だ。




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