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応えてムーチョ 中村悠平
大声で叫ぶ。
「古田!(ドンドンドン)、古田!(ドンドンドン)」
古田敦也のいるホームベースと、私のいるライトスタンドの距離でも、私は大声で運動会の応援団を務めてきたから、大丈夫。絶対に、届く!
タイムリーを讃える古田コールに、バッテリー投球練習の合間を縫って、古田は右手を挙げて応える。
「オー!」。沸き上がるスタンド。こうして、守備位置が一番遠いキャッチャーと、糸を紡いできた。
ムーチョがライトスタンドからのコールに応えているところを、初めて見た。
あの日の私のように、声を張り上げ中村コールを叫ぶライトスタンドの声は、三塁側内野席にいる私にも十分聞こえている。ムーチョに聞こえていないわけがない。
だが今まで、古田のように応える姿を、私は見たことがなかった。
今シーズン、ヤクルトはこの2年間で中村が作り上げた“ヤクルトらしさ”を出せず、下位低迷に喘いでいる。
キャプテンの山田哲人も離脱したままだ。
いつしか上から数えた方が早い年齢になった正捕手は、後輩の山田に代わって、そのキャプテンシーを発揮している。
7月15日土曜日、対讀賣戦は中村の勝ち越しスクイズを機に勝利した。ヒーローインタビューは、中村悠平。そこで中村は、こう話した。*1
「顔に当ててでも前に転がしてやるっていう気持ちで。それぐらいの気持ちで、食らいつきました」
これは、ヤクルトファンなら分かる“イジリ”だ。
5月24日水曜日、対阪神戦。引き分けを挟み5連敗していたヤクルトは、5対4で9回2アウトまで漕ぎ着けていた。
これで連敗ストップ。カウント1-2。文字どおり「あと一球!」の状況で、ラストバッター(となるはずだった)ノイジーのライトフライを、ライト並木秀尊が後逸する。ノイジーは三塁へ。
ピッチャー田口麗斗は、続く大山悠輔に四球を与え、佐藤輝明にライトへ2点タイムリーを献上。
ヤクルトは、6連敗目の悪夢を見る羽目になってしまった。
並木くんのエラーに、解説者たち、特に外野手出身者は同情的だった。
しかし、マスコミ向けにコメントを残した監督・高津臣吾は、こう苦言を呈した。*2
「何とかしてという気持ち、顔に当ててでもという気持ちはなかった」
塩見泰隆が離脱している中、少ないチャンスをものにしようと必死になっている若者には、キツイ言葉だ。
それから2か月近くも経った今、その言葉尻を取り、笑いに変えたのが、ムーチョだった。
「顔に当ててでも…」というコメントに、勘のいいヤクルトファンたちの笑いが広がる。
傷ついたであろう若手の心を救う、ヒーローインタビュー。本物のヒーローに見えた。
この日は、中村の父が勤める建設会社の慰安旅行で、関係者が試合を観戦していた。
「いいところを見せられてよかった」と、スタンドの父に向かって手を振ったムーチョ。
21年、古田敦也臨時コーチの教えで感情を表に出し、表情豊かに戦うようになったムーチョは、チームメイトだけでなく、ファンともこういう自然体で接するようになった。
そして次の日。逆転スリーラン後の、コールに応えるムーチョが、あの日の古田敦也と重なる。
「中村!(ドンドンドン)、中村!(ドンドンドン)」
「ムーチョありがとう」の声に応える、一番遠くのキャッチャー。背番号は、27。
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呼応するファンも、そうして、ともに戦う仲間に入れてほしい。一枚岩のチームスワローズをつくるのは、あなただ。
大人になって居場所を変えた私は、その背中を押すだけだ。
*1
*2