今、泣いている君へ
2022年11月12日土曜日。ひと通り練習を終えた夕方の愛媛・松山坊っちゃんスタジアムに、外野守備走塁コーチ・河田雄祐の姿があった。
2年振りの、ヤクルト復帰。久々に見る白に赤の縦縞に、懐かしさはなかった。
ブランクをまったく感じない、いつも見慣れた河田コーチ。ただ、「おかえりなさい」ではある。
グラウンドからは、ほとんどの人が去っていた。
そんな中、河田ともうひとり、マンツーマンの居残り特守が始まった。
岩田幸宏は、2021年ドラフト育成1位で、信濃グランセローズからヤクルトに入団した。東洋大姫路高から、社会人のミキハウスを経て独立リーグへ移籍。入団時の年齢は24歳だった。
秋季キャンプは、若手中心のメンバーで行われる。育成選手として、ファームの試合に出続けた岩田も、もちろんその一員だ。
「ハイ!」。
レフトに移動した岩田のタイミングで声を掛けると、河田が「ハイ!」と呼応し、レフトフライを打ち上げる。
ボールを見ながら後方に走る。途中で左右の向きを変え、ボールを追い続ける。
難なく取れることもあれば、50m5.7秒の俊足でも追いつかないこともある。
「今の取れたんじゃないのー?」。河田がプレッシャーをかける。
「いいよー重心は絶対上げない!グッドグッド!」。今の取り方は良かったらしい。自分が言われている訳でもないのに、ほっとする。
ファームの試合を成立させるためのポジションにある、育成選手。
だがこうして、マンツーマン指導をする時間をしっかり与えて、ファーム内のポジション争いに加えている。
しかも相手は、一軍コーチだ。育成選手の岩田が育つ環境が整備されていることに感動し、私は岩田の成長を願った。
傾きかけた夕陽に輝く岩田を追いながら。
◇
今、君は、泣いているかもしれない。
侍メンバーが抜け、急遽二軍キャンプから召集された。
こんなチャンス、生かさない手はない。死ぬ気でアピールしようと浦添にやって来たはずだ。
初日、たったの3球で離脱。折れた指は、3週間の固定が必要な重症だった。
私は、3月12日土曜日。神宮オープン戦のセカンドアップで、誰よりも大きな声で取り組む野球選手を忘れられない。
晴天の明治神宮野球場に響く、元気な声。私が見たい野球、そのものだ。
一緒に泣こう。そして、ともに戦おう。
私は、ずっとそばにいる。だから、頑張ろう。
この野球選手が、グラウンドにいないのはおかしいと、そう思うのです神様。
どうか、岩田幸宏から野球を取り上げないでください。
◇
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