崖っぷちに立つピッチャーにかけた「大丈夫」

東京ヤクルトスワローズ公式アプリの有料サイトで今年始まった「三輪広報が突撃 選手に聞いてミルミル」。三輪正義広報がクラブハウス前で選手を“出待ち”し、インタビューする企画だ。

三輪正義広報は、元選手。かつての同僚たちは、マイク片手に話しかける三輪広報をいじり倒す。そう、彼は体育会系の上下関係を越えたいじられキャラだった。マイクを向けられても、無視、タメ口は当たり前。呼びかけに応じず足早に去る選手もいる。
それでもマイペースに、インタビューをそつなくこなす彼を皆慕っている。もちろんそれは、ファンも同じだ。

高津臣吾監督は、「僕が考えた企画です」という三輪広報に「まぁ、お前しかできんからな」とこの企画に賛同していた。

12月18日には、「聞いてミルミル」に新たな動画が上げられていた。契約更改の記者会見直後の選手を球団事務所の廊下でつかまえ、直撃インタビューするという、裏側も裏側を捉えた貴重映像だ。高津監督の言うとおり、これは三輪広報でないとできないことだ。

その中に、今季3年目、13試合0勝1敗のシーズンを終えた大下佑馬のインタビューがあった。大下が契約更改の記者会見で語った言葉が、公式サイトに掲載されている。

大下佑馬投手
「今年は一軍で投げられていない。力不足を感じたし、怪我もして、万全な状態で競争できなかったのが反省点。チャンスをもらっても生かせなかった。怪我をしたことで走り込みができなかった時期もあった。シーズン途中に走り込みを増やして、少し上がってきた部分もあったので、オフは初心に返って、走り込みをしたい。自分が置かれている立場はわかっている。崖っぷちだと感じているので、まずはキャンプインの時点でしっかりした身体を作って、競争できる位置までいけるようにしたい。マウンドに上がった時に自信を持って投げられるように準備していく」

大下佑馬は、大学社会人を経て、2017年ドラフト2位で入団した。150キロ超のストレートと変化球を使い分けるピッチャーとして、鳴り物入りで入団した。
2017年。96敗、球団勝率.319という成績で終わった、過酷なシーズンだった。この球団に笑顔で入ってくれる若者は、私にとって希望だった。

そんな大下の、今季を悔いる言葉。胸が痛かった。しかしそこに並んだ言葉は、自分を冷静に見つめる大下佑馬という野球選手の姿そのものだった。

頼もしいと思った。大下は、これから自分がすべきことを整理できている。大学、社会人と実績を積み、プロの舞台も経験した。
そして、大下佑馬は、来季から背番号が変わる。球団からその発表があったのは、12月4日。大下の契約更改の翌日だった。契約更改の席で、この話もあったのだろう。

大下佑馬 投手 背番号15 → 64

FA移籍選手のために空けておく必要もあったと推測される、背番号「15」。「重くなった」背番号はやはり、大下の3年間の総括となってしまうのだろうか。だとしたら、なんだか悔しい。

◇◆◇◆◇

契約更改後の「聞いてミルミル」。球団事務所の廊下で、三輪広報からマイクを向けられた大下が答える。

「サインしましたか?」
「もちろん」

ずいぶん謙虚な発言だ。300万円減でも、契約に同意しサインする。これが今の大下の選択だった。

「崖っぷちなんで」

そう言った大下に、三輪はこう答えた。

「大丈夫、大丈夫」

三輪正義もまた、自分の置かれた立場を十分理解し、自分の持ち味をどう生かすか、それを12年間という現役生活の中で考え続けた選手だった。
「自分が置かれている立場はわかっている」と、崖っぷちに立っている自分を想像する大下と、三輪の姿が重なった。

崖っぷちに立つピッチャーにかけた「大丈夫」。

それは、実感のこもった、優しい言葉だった。

◇◆◇◆◇

大下は、怪我を悔やみ「とにかく走ります」と言った。
オフは「走って走って走って」過ごすそうだ。

体力をつけたら、重たくなった背番号も気にはならないだろう。だから、背中に背負った「64」がグラウンドにあることを祈っている。

大下に「64」を譲った、DeNAに移籍した風張蓮の背番号は、まだ決まっていないようだ。よかった、レンレン。

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